二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

黒の棺桶

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
「これが、お前の棺桶になっちまった、ってわけだな」
そんな呼びかけは、当人には届くはずがなかった。
吹き付ける風。まとわりつく海の香り。見上げればどこまでも広がる空に、巨神と機神が立っている。
ダンバンは今、ひとり機神の落ちた腕の上に立っていた。これまで共に旅を続け、そしてこれから先も道中を共にする仲間達は、ここから少し引き返した先にあるマシーナの隠れ里にいる。
今の自分の姿を、誰かに見られるのは嫌だった。だからひとりでここまで来た。
込み上げてきそうで、けれど瞳から零れることの無い涙は、すとんとダンバンの中へ落ちていった。
「泣けるはずもねえよな」
ダンバンの目の前に広がる、真っ黒な機神兵の残骸。つい最近まで、この機神兵と一体になっていた男がいた。その男は、ダンバンのよく知る人物だった。
「ムムカ」
ダンバンの声が風にさらわれていく。ムムカ。それがこの機神兵を操っていた者の名前だった。
「俺はお前を許すつもりはない。弔うつもりもなければ、哀れむ気持ちだって微塵も無い」
きっぱり言い放つ。勿論、返事などあるはずもなく。けれどダンバンは言葉を続けた。
「けど、何なんだろうな。つい感傷的になっちまう」
今この瞬間、彼の脳裏によぎっているのは恐らく、ムムカと共に駆けた戦の数々。ディクソンも一緒になって、3人で協力しあったことだって何度もあった。
戦の後、3人で馬鹿騒ぎしてフィオルンに怒られて、シュルクに呆れられて、ラインに俺も交ぜて欲しかったなんて言われて。
そんな懐かしい日々が、確かにあった。もうずっとずっと前のことのようにも思える出来事。
いずれはこの残骸と共に、風化していくのであろう出来事。
彼に命を助けられ、彼の命も助けたことも、きっと消えていくのだろう。
不思議と、それを悲しいとは思わなかった。

ムムカは、コロニー9でもコロニー6でもない、どこかのコロニーの出身だと言っていたのをダンバンは思い出す。それがどこだったかは、はっきり語っていなかった。
機神兵の襲撃によって滅ぼされ、コロニー9に身を寄せに来たばかりの彼に出会ったのは一体いつのことだったか。
防衛隊に入って、機神兵からコロニー9を守るんだと、ダンバンは勧誘した。ムムカも、快く応じていたように思う。
「お前、自分の故郷を滅ぼした機神兵が憎くなかったのか。だから戦場に立ったんじゃないのか」
黒の残骸から、ひとつパーツが転げ落ちる。僅かながらに残っていたのかもしれないムムカの意思の表れだろうか。それが否定であるのか肯定であるのかはわからない。
「機神兵への憎しみよりも、俺への憎しみの方が大きかったのか」
問いかけにしては、どこか確信めいた言い草だった。何せダンバンは、ずっとムムカの自身への憎悪に気づいていたのだから。だが、気づかないフリをしていた。
「だが、お前がモナドを握ったところで、お前もきっと……いや、確実に俺と同じ末路を辿っていた」
本来のモナドの後継者はシュルクだ。それ以外の者がモナドを握れば、たちまちモナドは暴走してしまう。
それを、ダンバンは強引に抑え付けた。自らの剣技を込めて、モナドを制御していた。それはダンバンだからこそ出来た荒業。
「ヴァラク雪山のこと、覚えているか?俺はお前に、大剣の渓谷でのお前の戦いに嘘偽りはなかった、と言ったな」
そこから二の句を告ぐのに、少々の時間を要した。
「そしてお前は、俺の目が節穴だと言った。お前はまた馬鹿じゃねえのかとか言うだろうが、俺は節穴じゃなかったって自信があるぜ」
根拠はない。けれど心の奥底のどこかで、確信していた。
やはり彼が決定的に変わったのはモナドのせい……そして機神兵の力を手に入れたせい、だとダンバンは考える。
「だがな、ムムカ。お前がずっと俺を憎んでいたように、俺もずっとお前を憎み続ける。いくら時が経とうとも、お前を許さない」
だが……。
また、次の言葉が出なくなる。上手く声にならないらしい。
「どうしてあんなところで死んじまうんだよ」
シュルクに説得され、ムムカへの憎しみが僅かながら薄れた瞬間。ムムカは砕け散った。シュルクはそれを未来視で見たようだが、何出来なかったと語っていた。
対応などする必要はなかった。あいつがあそこで死ぬ運命ならそうなのだろうとダンバンは思うが、しかしどうにもやりきれないものがあるのも事実だった。
ダンバンが絶つつもりでいたその命。しかしシュルクが救ったその命。どうしてあんなにあっさり砕け散ったのか。
悔しくて、たまらなかった。
「本当に、愚かだぜお前は」
脳裏に焼きついた、彼が砕け散る瞬間。出来ることなら早く消し去ってしまいたい。
ダンバンは目を閉じて、一度深く深呼吸をした。広がるこの世界の空気は、巨神界のものと何ら変わりない、と感じる。
気を落ち着けてから、ダンバンはゆっくりと瞳を開けた。やはり目の前に広がるのは、黒の残骸。
何かを決心したように、ダンバンは言葉を紡ぐ。
「この剣と共に、お前ともばっさり決別するよ」
言いながらダンバンが引き抜いた剣は、強化太刀・機斬。ディクソンが作り上げた、機神兵にも刃が通る特製の武器。
それは、最後にムムカと武器を交えたときに使っていた剣。ムムカの命を絶つかもしれなかった剣。
その刃を地面に向けて、ダンバンは勢いよく突き刺した。土の手ごたえが刃から柄から、ダンバンの手へと伝わる。
そっと手を離せば、剣は倒れることなく強くそこに立っている。地面に支えられ、日の光を浴びて光る刀身。
「お前を斬った剣なんて、持っていたくもないからな。ここに置いて行かせてもらうぜ」
そしてダンバンは踵を返した。背後から吹く風は、ダンバンに向かって早くどこかへ行けとでも言っているようで。足早にダンバンは、マシーナの隠れ里へ向かって歩き出す。一刻も早くその場から離れてしまいたいという一心で。
「メリア」
そんなダンバンの目の前に、出迎えるようにしてメリアが立ちはだかった。柔らかいような厳しいような表情を浮かべた彼女の手には、新しいダンバンへの武器が握られている。
「替えの武器を持っていかなかっただろう。そなたが何をするつもりなのか大方の予想をつけていたが、どうやら正解だったようだな」
出かけるときにはあったはずの剣が携えてられないのを確認すると、メリアは言った。参ったなとダンバンは頭を掻く。
「いくら英雄ダンバンと言えども、帰りに武器も持たずにいてモンスターや機神兵に襲われたら抗いようもないだろう。それで死すれば、笑い話にもならぬ」
「耳が痛いな」
差し出された剣を手に取った。これは確か、マシーナの隠れ里に売っていた剣。モナドに似た光を放つそれは、どうやら機神兵に対抗出来る武器らしい。
「あの男と近い場所で、死にたくはないだろう」
「ご尤も。ありがとうな、メリア」
頷きながら剣を腰に携える。思ったより、よく手に馴染んだ。
感謝の言葉を述べれば、メリアは礼には及ばないと首を左右に振る。当然のことをしたまでだ、と。
そんな彼女の様子を見て、ダンバンは小さく笑った。
「風も強くなってきた。早く戻るとするか」
「ああ、長居は無用だ」
作品名:黒の棺桶 作家名:梗乃