ささいな誤解とエトセトラ。
1.
ツナは困っていた。
親友・山本武のためである。
「山本のために」というのは、山本が困っているので、友情あついツナもおつきあいで悩んでいる、というわけではない。
山本に対して、ツナ自身が困っているのだ。
かなり珍しいことである。
そもそもツナには、山本の行跡のために困った憶えがあまりない。全くなくもないが、日ごろは忘れている。山本には悪意がないし、なにしろもっと迷惑な連中がいるのだ。必然的に、山本と言えば、ツナにとっては、助けてもらったり安心させてもらったりする、得難い友人なのである。
しかし、今は困っていた。
本当に困っていた。
山本が、「おーい、ツナ聞こえてるかー?」と、ツナの目の前で手を振っている。
返事しなければならない。聞こえている、と。
しかし受けた衝撃のために、頭がマヒしてしまって、働かないのだ。
(……あ、そーか夢だコレ、ははは、そーだ夢だ夢、だからもー深く考えるのはやめよー…)
現実逃避はツナの得意分野だった。ダメツナとして過ごした長い期間が、ツナの後ろ向きな投げやりさをギネスブック級に鍛え上げてくれた。そのため、ツナは、慣れ親しんだ手法に飛びつこうとしたのだった、が。
「ぎゃー! なにやってんの山本ー!?」
そうは問屋がおろさなかった。
山本が初々しくツナの手を握って、「なんか照れるなー」と爽やかに笑ったからである。
山本の手は大きい。ツナに比べたら、ということもあるが、そもそも身体も大きいし、運動などをしているので、骨ばった大きな、男らしい手である。
その手のぬくもりにそっとツナの手は包まれていた。
ラベンダー色の日暮れに包まれた川原で、学校帰りの制服姿の二人が、恥ずかしそうに手を取り合う。ちょっとステキなシーンだ。山本武親衛隊の女子なら、今ごろ幸せすぎて溶けてしまっているかもしれない。
しかしツナは山本武親衛隊の女子ではなかったので、わなわなと震えながら絶叫した。
「落ち着いて山本ぉー!」
「え、ツナ、いや?」
「いやってゆうかさー!」
「オレが嫌い?」
「きききききき嫌いじゃないけど」
「じゃあ好きなんだよな?」
「そりゃあ好きか嫌いかと言えば、とか、ゆってる場合じゃなくてー!」
なんかこう、ものすごく少女まんがちっくな会話の展開であることに気がついて、ツナはあせった。
流されてはいけない。
ツナには責任があるのだ。
この事態を招いたのは、ひとつにはツナのせいなのだ。
「や、山本、聞いて! オレ、山本に謝ることがあるんだ!」
ロマンチックな場所で、山本と向かい合い、ロマンチックに手を握られている、というロマンチックな現実から目をそむけようとして、かたくまぶたを閉じてあとずさろうとしたのが悪かった。
土手の傾斜がおもったより急だったのだ。運動神経がほぼ死滅気味のツナは、大きくぐらついた。
気がついたときには、ツナは山本に抱きとめられていた。頬に当たるのは、野球少年らしくしっかりしてあたたかい、山本の胸板。そして肩に回されているのは山本の腕だ。
抱き合っている。これはフツーに抱き合っている。
「ツナ……」
頭の上の山本の声が真剣味を帯び、腕に力がこもった。
「……迷惑か? オレ今まで野球ばっかやってたから、こんな気持ちになったの初めてで、どうしたらいーかわかんねーんだ」
ああどうしよう。
絶望的だ。
(オレが悪いんだ、ちゃんと言わなかったから!)
ツナは自分自身を呪い、そして、ことの起こりとなった一週間前の出来事をおもいだしていた――…。
作品名:ささいな誤解とエトセトラ。 作家名:里ウシオ