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ささいな誤解とエトセトラ。

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川原はすっかり薄暗くなっていた。
土手の上にはほとんど人通りもない。
密着している以上、山本の表情はすぐ目の前に見えた。話がよく飲み込めない、というふうに、軽く眉をひそめている。
「……女の子じゃない?」
山本は聞いた。
こくこく、とツナはうなずく。
「……男?」
再びツナは、こくこく、とうなずいた。
「そうだよ山本! すぐに言わなくてごめん!」
「……でも」
山本はツナを再三再四ながめた。めずらしく混乱しているようにこめかみをかく。しかし友人の表情には、ツナに対する怒りや嫌悪の情が含まれていなかったので、ツナはホッとした。
「……んー……つーことは……?」
「ってことは、みんな錯覚なんだよ山本! 男だっておもってたのが、急に女なんてことになっちゃって、それで意識しちゃっただけだよ。落ち着いて考えたら、オレなんか可愛くもないし綺麗でもないんだから、女だとしたって山本の相手になるわけないよ」
山本とつきあうとしたら、さぞかし可愛くて綺麗な子に違いないのだ。かなり確信をもってそう言い切ったのだが、山本は妙に力強く首を横に振る。
「んなことねーよ! オレ、ツナはクラスでいちばん可愛いっておもってたんだぜ」
このとき、ツナは、山本の発言の時制に留意しなかった。していれば、なにか違和感を感じたはずなのだが。
しかし、ツナは、「クラスでいちばん可愛い」という、あまりにも過大な評価に仰天して、違和感どころではなかった。なにせ可愛い女子ならたくさんいる。なんと言っても、アイドル・京子がいるのだ。
「えええええーっ、なに言っちゃってんの山本! それはない! それはないよ!」
「んー……」
「あ、あの、そーだ、ドクター・シャマルもこれで納得したんだ、胸、オレ胸ないじゃん」
ツナは焦りのあまり、山本の両手を取った。唖然としている手首を取って、飲んだくれの医者がよくやっているように、山本の手のひらを、制服越しに自分の胸の上に押し当てた。
「ほらっ、胸、ないだろ!?」


薄暗闇でも、よくわかった。
山本は慌てたように目をそらした。まるで沸騰したやかんにでも触ったみたいに手を引こうとするものだから、ツナも急いでしっかりと握りなおした。女の子ではないことを確認してもらわないいけないのだ。完全に、きっちりと。
ちょっとしたもみあいになった。力なら山本のほうが強い。ツナは必死にならなければならなかった。近くで見ている者があったなら、仲のよい男子中学生が、なにやら胸の前で両手をめまぐるしく動かす新種のダンスを練習しているのかとおもったにちがいない。
「ツナ、それは、ちょっ……!」
「き、気持ち悪くてごめん、でもこれで納得だろ!? …って、わああ!?」
「うお!?」
先ほども述べたとおり、運動神経がほぼ死滅気味のツナが、土手の途中で全力でもみあえば、なにが起きるかは目に見えていた。つまり、あっさりとバランスを崩した。助けてくれるはずの山本も、今度はそれどころではない。ツナは傾斜の下へ向かってよこざまに倒れこんだ。