ステップ・アップ
「…タカ丸さん、寂しかったんですね…」
思わずそんな言葉が口からこぼれおちた。
が、口にした瞬間、僕は己の言葉を後悔した。
いくらなんでも軽率すぎる。本人の苦労も知らない第三者であるはずの僕が、軽々しく口にしていい言葉ではないはずだ。そもそもこんな気持ち、他人に悟られたら恥ずかしいだろう。
僕は己の過ちを詫びと口を開こうとした瞬間、くすくすと堪えるような、小さな笑い声が聞こえてきた。
「くすくすくす…ふふっ、三郎次くんにはかなわないな。ストレートに言っちゃうんだもん!」
タカ丸さんは相変わらず穏やかな笑みを浮かべ、どこか楽しそうに笑っていた。
「っす、すみません!僕…」
「いいよ、謝らなくて。」
僕が謝罪の言葉を口にしようとした瞬間、タカ丸さんは人差し指を僕の口元に当て、それ以上、僕が言葉を続けるのをやんわりと防いでくれた。
そして、いたずらっ子のようなとびっきりの笑顔を浮かべ、こう囁いたのだった。
「でも、ちょっと恥ずかしいから、他の人には内緒…ね?」
僕がタカ丸さんに対して感じていた苦手意識は、それ以来ほとんどなくなった。
この人も、他の人と同じように寂しさとか感じているのだと分かったし、何よりその一部を、僕だけにさらしだしてくれたからだ。
それでも、ストレートすぎる僕の言葉から逃げず、心の引き出しの一部を見せてくれたこの人は、僕なんかよりも、やっぱりずっと大人なのだろう…悔しいけど。
苦手意識はなくなったとはいえ、この人があの独特なふんわりした空気をまとい、大人びた曖昧な笑みを浮かべるときは、どこか柔らかい壁を作られている気がして、やはり少し苦手だと感じる。
それでもそんなの本当に時々なのだから、僕はやっぱり、タカ丸さんのことは苦手じゃなくなったんだと思う。
じゃあ好きなのか…?と自答してみると、胸の奥の方がひどくくすぐったくなって、自分でもよくわからない気持ちになる。
この気持ちをうまく表現できたら僕はもう一歩大人になれる気がする。けれど、今の僕には自尊心とかが邪魔して、どうもうまくいかないみたいだ。
まぁ、この気持ちをうまく伝えられるようになるまで心の中であたためているのも悪くはないか、と最近思うようになってきたのだけれど。
おわり