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5cmのその先に

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このままでいたい。このままでいさせてほしい。
 時よ止まってくれと、心の中で呟いた。
「(今なら、ずっと触っていられる)」
 マルスと同室とはいえいつもなら、手さえまともに触れられない。だがこのままなら、しばらくの間触れていられる。
「(今なら……)」
 大丈夫なのだ。寝ているんだから、何をしたってわからない。そう、今なら。
 何を思ったのか自分は今、マルスに顔を近づけている。何をしているのか自分でもよく分からない。でも、普通ならばやってはいけないことをしていることだけは確かだ。
 寝息がもっと大きく聞こえる。微かな吐息が当たる。碧眼を隠す目蓋の睫毛がよく見える。
 マルスの唇に、自分の唇を近づける。寝ているから何をしたって分からないのだ、これくらいしていたって、いいだろう。石鹸か洗髪剤のにおいだろうか、柑橘系の爽やかなにおいがする。一方自分はついさっきまで剣を振っていたのでちょっと汗臭いかもしれない。
 あと少しで互いの唇が触れる。マルスと口付けをすることが出来る。あと、少しで。
「……」
 目を閉じている自分の唇に、少しかさかさした何かが当たる。
 とうとう唇と唇が、触れてしまった。確かに自分はそうするつもりで唇を近付けていたけれど、実際に触れてしまうと、言いようのない後悔に襲われる。
 それでも。それでも唇を離したいとは思えなくて、暫く唇の感触を楽しんでいた。
「……っ」
 マルスが僅かに呻いた。一瞬で心臓が破裂しそうなほど高鳴り、あわてて唇を離した。唇を離してすぐ、マルスが酸素を得ようと口を開け、目も一緒に見開いた。
 苦しかったのだろうか、暫くマルスは肩を激しく上下させて、息を吸って吐いてを繰り返していた。自分も無意識のうちではあるが、同じように肩を上下させて呼吸をしていた。
 その間にでも、自分は必死に弁解をすればよかったのかもしれない。しかしマルスには今更何も言うことはできず、そして逃げ出すことはおろか目を逸らすことも出来なかった。
 言い訳は、もちろんしたい。逃げ出せるものなら逃げ出してしまいたい。そういう気持ちは心の中に確かにあるはずなのに、それを行動に移すということが全く出来なかった。
 マルスは恐る恐る自分の唇に手を伸ばして、目の前にいる自分に問いかける。
「ロイ、もしかして……」





 寝ぼけた頭と耳がどうにか、ドアが開く音を捉えてくれた。ノックの音が聞こえなかったので、昼過ぎからどこかに行っていたはずの同居人、マルスが戻ってきた。ということだろう。
 目を開け、体を起こしておかえりなさいの一言でも言うべきかと思ったが、酷い眠気のせいでそうする気力はなかったので、自分はベッドの上で昼寝をしていて、マルスが戻ってきたことには気付かなかったということにしておこうと思い、再び眠ろうとした。
 遠くのほうでごそごそという音が聞こえる。戦装束から部屋着に着替えているのだろうか。ブーツを履いているマルスの音から、クローゼットを開け閉めする音、ベルトと剣の鞘を繋ぐ金具の音やマルスのため息までしっかりと自分の耳に届く。寝ぼけた頭であっても、目を閉じて耳にだけ意識を集中させていれば、案外色々な音が聞こえるものだと、自分でも感心してしまった。寝るつもりであったはずなのに、どうしていつのまにか狸寝入りになってしまっているのだろうか。
 ふう、と一度マルスの大きなため息が聞こえて、それから暫く何も音がしなくなってしまった。どうしたのだろうかと自分が不思議に思うと、こつこつ、とブーツの音が聞こえた。ただ聞こえるだけならいいが、だんだんその音が大きくなってきているのがわかる。つまり、マルスが近づいているということだろうか。
 一応寝ている(ということになっている)自分に配慮をしているのか、足音自体はそれほど大きくない。もしも自分が寝ていたのなら、この足音に気付くこともなかっただろう。しかし自分はしっかりと起きていて、こうして耳を済ませているので、このくらいの音を捉えるのは容易だ。
 足音がどんどん大きくなると同時に、マルスの気配もしっかりと分かり、それがどんどんn近づいているのが分かった。自分が横になっているベッドのすぐ横まで来たところで、ぴたりと足音が止まる。マルスが足を止めたのだ。
 目を開けることができないので、これからマルスが自分に何をするつもりか思考を巡らせたが、なにするのかいまいち分からず、なんだかもやもやとした気持ちになる。
 その瞬間にふっと、瞼の向こうにあったはずの光が消えた。
 目を閉じているといっても、普通瞼の向こうの景色が明るければ、その光が僅かではあるが瞼を閉じていても届くはずだ。実際に部屋の明かりは消していないし、窓も開けていたので、ずっと瞼を閉じていた自分にも微かな光が届いていた。
 なのにそれが消えてしまった。照明のスイッチも窓もこの近くにはない。一瞬で部屋の電気を消すこともカーテンを閉めることもできないはずだ。なのに、何故。
 不可解に思っている自分の頬や額に、ぱさ、と何かがかかった。それだけではない。微かな光が消えたのを不可解に思っていたせいで気付くのは遅かったが、さっきからマルスの気配がどんどん近くなっているのがわかる。
 今、自分のベッドのすぐ近くにマルスが立っているのはわかっている。しかし一度足を止めて以降、それから足音は聞こえていない。マルスは今もベッドのすぐ近くに立っているということだ。なのにどうしてか、マルスの気配はどんどん近づいている。
「(ああ、そうか)」
 明かりを消したのではない、明かりをマルスによって遮られたのだ。そして、自分の頬や額にかかっているものは恐らく、マルスの青い髪の毛だ。
 そして、マルスは今、自分に、
「何を、しているんですか?」
 マルスが部屋に戻ってくるまで自分の頭を支配していたはずの眠気など、いつの間にかすっかり消えてしまっていたので、ずっと閉じていた瞼を開けるのは全く苦ではなかった。
 両手を優しくマルスの両頬に置いて、目を開けると眉毛が一本一本数えられるほどの距離にマルスの顔があった。恐らくマルスは寝ている自分に、キスをしようとしていたのだろう。光が遮られたのも、足音は聞こえないのに気配はどんどん近くなっていたのも、そのせいだ。
 頬に手を置かれたマルスは、一瞬酷く驚いていたものの、すぐに落ち着きを取り戻してくれた。顔は少し、赤くなっていたのだが。
「起きていたのなら、言ってくれればよかったのに」
「眠かったんです。マルスが戻ってきてから、目が覚めてしまいましたけれど。……何を、しようとしていたんですか?」
 優しくそう問いかけると、マルスが顔を赤くしつつ困ったように笑った。笑ってはぐらかすつもりなのだろうか。しかしそんなことをさせるつもりは、意地悪な自分にはなかった。
「あの、ロイ、手を離してくれないかな? ……離れたいんだ。こんなに、顔が近いし」
「恋人同士なら、顔を離す必要なんてないんじゃないんですか? それに、何をしようとしていたのか言ってくれるまで、僕は離すつもりなんてありません」
 言ってください。と自分がにっこり微笑んでそう言うと、マルスに目をそらされてしまった。
「言わないと駄目かな?」
作品名:5cmのその先に 作家名:高条時雨