5cmのその先に
「もちろん。言ってください」
「寝ている君に、その……キスを、しようとして」
「そして狸寝入りをしていた僕に捕まった、と。そんなところですか」
「た、狸寝入りなんてしているなら、ちゃんと起きていてくれればいいだろう。それにロイだって以前僕に、その」
そこまで言いかけて、恥ずかしくてその先は言えないのだろう。それにくすくすと自分が笑えば、マルスにむっとした顔で軽く睨まれてしまった。
「キス、しましたね。あの時に。……あれからですかね、こんな関係になったのも」
そうだ。自分があの日、剣の鍛錬を追えて部屋に戻ったとき、マルスは椅子をベランダに持っていって、転寝をしていた。それを見つけた自分はそっとマルスに近づいて、そのまま寝ているマルスの唇を奪ったのだ。それだけならいいがマルスが起きてしまって、同時に唇を奪ったことも気付かれてしまったのだ。
自分達の関係は、そこからだ。何せいきなり寝ている人の唇を奪ったのだから、最初は酷くぎくしゃくしていた。それでも紆余曲折あり、なんとか今の関係に漕ぎ付けることが出来たのだ。もしもあの時、唇が触れる直前で止めていたのなら、自分達はあのままだったのだろうか。
今でもよく覚えている。唇の感覚も、酷く驚いていたマルスの顔も。
「そうだよ。驚いたんだからね? ……初めて、だったし」
「そうですか。マルスは僕以外に好きな人が居て、僕にファーストキスを奪われたことには不満、と。そう言いたいんですね」
「そういうつもりじゃ……」
くす、と笑って、ずっと頬に置いていた手を離してマルスを解放し、自分は体を起こした。
「わかってます、そのくらい。……キス、しましょうか」
「いや、いいよ別に」
「どうしてですか。寝ている僕にキスしようとしたのはマルスですよ? それを僕が邪魔したから、もう一度やり直しましょうって言っているだけです」
「でも……ええと」
更に赤くなった顔を隠すべく、マルスが俯いた。
僅かに自分の表情を伺おうと少しだけマルスが顔を上げたその瞬間に、マルスの言葉を待たずに、頬に再び手を置き、ぐい、とマルスの顔を引き寄せそのまま、強引に口付けをする。暫くマルスの唇の感触を楽しんで、唇を離す直前にマルスの唇を歯は立てずに軽く噛んで、そのまま唇を離した。
すっかり固まってしまっているマルスの肩に腕を回して、自分が作れる限りの笑顔で、
「おはようございます。マルス」