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紫青インセプションパロ

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 僕たちが部屋に入っていくと、あの日から寸分違わぬリュウタの後ろ姿が待っていた。現実じゃないのよ、あんたの作り出した幻想なのよとハナさんの忠告する声が、すっと意識から消えていった。
「嘘つき」
 笑っていた。違う、違うと僕はうわごとのように繰り返した。違わないよ。リュウタは秋風のごとく軽やかに近づいてきて、右手に持ったナイフを僕の首筋にあてた。氷みたいに冷たかった。
「結局、一緒に死んでくれなかったね」
 紫色の目が細まった。
「僕は――」
「早く死ななくちゃ、現実に帰らなくちゃって僕をせかしたのは、カメちゃんだったのに、ずっと一緒だからって言ってたのは、全部嘘だったんだね」
「僕は現実を手放すことは」
「嘘つき」
「リュウタ」
「好きだって言ってくれたのもどうせ嘘だったんでしょう。カメちゃんの言うことなんて一つも本当じゃないんだ。最初から最後まで嘘だったんだ。僕を騙してたんだ。あいつが死んでせいせいした、くらいに思ってるんでしょう」
「思ってない」
「思ってるよ」
「思ってない。僕はお前を止めようとした。ずっと一緒にいたかった。二人で年を重ねたかった。できれば僕が先に死にたかった。でもお前は聞いてくれなかった。あんなに頼んだのに飛び降りてしまった。僕は――止められなかったんだ」
「僕と一緒にいたかった?」
「そうだ」
「二人で年を重ねたかった?」
「そうだよ」
「じゃあ何であんなアイディアを植え付けたの?」
「それはお前が」
「僕が?」
「お前が夢と現実を」
「だから殺した?」
「殺したんじゃない、お前が死ぬって聞かなくて」
「僕だって死にたくなんかなかったよ! でも死ななきゃならなかった! どうしてだと思う? カメちゃんがそうしろって言ったからだよ! 僕はカメちゃんの言うとおりに死んだだけだ!」
「リュウタ――」
「どうして? どうして一緒に死んでくれなかったの? どうして? どうしてなの」
「ごめん」
「ごめんで済むと思ってる?」
「思ってない」
 ウラ、とリュウタではない誰かが僕を呼んだ。鋭い声だった。そいつは現実じゃないわ、呑み込まれてはだめ。何を言っているのだろう、振り向こうとしたら、リュウタに頬をとられた。二十歳で死んだ彼の手は当時のまま、あたたかでみずみずしかった。
「今でも間に合うよ。ここで一緒に暮らそう」
「リュウタ」
 だめ、ターゲットを見つけだして現実に帰るのよ!
「昔みたいに、理想の世界を作って遊ぼうよ」
 聞いちゃだめ!
「……一周二時間もかかるジェットコースター作ったりしてね」
「そんなこともしたね。最後は疲れて無表情になってさ」
 ウラ!
「絶対楽しいって言うから付き合ってやったのに、ぜんぜん楽しくなかったよ」
「コースに工夫が必要だったんだよ。飽きないように」
「違うよ。並ばないジェットコースターっていう存在そのものが矛盾してるんだよ。やっぱり遊園地に行ったら人にもまれなきゃ」
「じゃあ今度はたくさん人を呼ぼう」
 お願いやめて、
「そうじゃない。それは他人じゃないと、自分とは違う人たちじゃないと、僕たちの投影じゃ、つまらないんだよ」
「カメちゃん?」
「夢の世界じゃ生きれない」
「何言ってるの?」
「お前と一緒にはいられない。僕は現実に帰る。会いたい人がいるんだ。大事な友達がたくさん、上にはいるんだ」
「そんなの僕がいればいいでしょう?」
「だめだよリュウタ」
「だめじゃないよ」
「あのね、お前は本当によくできてる。できすぎてるくらいだ。けど所詮、僕の記憶が作り出した幻影でしかないんだよ。本物にはかなわない。本物のお前は、もっとわがままで自己中で奔放で、楽しいことには目がなくて僕は振り回されっぱなしで――でもねリュウタ、お前は優しかったから、動物だけじゃなくて人間にも、とりわけ僕には優しかったから、例え自分が理不尽な死に逢っても、一人で先に行かなきゃならなくても、僕のことを道連れにしたりは、死んでも、しないよ」
 ――だってお前は僕が好きだった。
「……信じらんない」
 目尻から一粒、涙がこぼれ落ちた。唇はわななき、声にならない言葉を発していた。僕はぐっと堪えて言った。
「ごめんね」
 ごろごろと、窓の外で雷がとどろいた。キックだ。荒れ果てた世界は荒涼とした雰囲気を増し、僕たちのいるビル以外の全てを砂粒に変えた。からん、とナイフが床に滑り落ちた。それもすぐに、さらさらと形をなくした。
「早く!」
 ハナさんが僕の手をぐっと引いた。彼女は生命力にみち溢れていた。
「ターゲットは見つけたわ」
「素晴らしい。優秀すぎる」
 ふざけてんじゃないの。ぴしゃりと叩きつけるように言い放ち、ベランダへとひきずっていった。僕は抵抗しなかったし、後ろを振り向かなかった。あれは僕の作り出した偽物のリュウタだ。虚無は荒れ狂っていた。まばゆい閃光が網膜を焼いた。目の前に雷が落ちたのだ。
「いい、三人で飛び降りるわよ。あんたも起きるの。こんなとこに残らせなんかしないから。わかった?」
「もちろん、レディの頼みなら。そうかたく握られてちゃ日和るわけにもいかないしね」
 僕たちは一足先にターゲットを蹴り落として、
「じゃ、行きますか」
「行くわよ!」
 果てしない落下へ身を投じた。
作品名:紫青インセプションパロ 作家名:マリ