憧憬
逃げ惑う人々。無機質な音を立てて追いかけてくる機神兵の大群。
ひとり、またひとりと機神兵によって命を絶たれ、そしてひとつまたひとつと機神兵が崩れていく。
コロニー9防衛隊の抗戦は、功を奏していた。
しかし機神兵から抗う術を持たない老人や女性、子供は逃げるしか出来ない。用意された防衛シェルターの中へと駆け込んでいく人は絶えない。
その中に、赤子を抱えたひとりの少年がいた。泣き叫ぶ赤子をあやしながら、
防衛シェルターへ向かって走り抜ける。
そこかしこに這い回る機神兵の脅威に怯え、走りながら受ける風は大変気持ちが悪い。
「ダンバン!」
その少年の背後から、少年の名前を呼ぶ女性が駆け寄ってきた。どうやら彼の母らしい。抱えた赤子は彼の妹ということか。
一心不乱にシェルター向かって駆け抜けながら、少年は母に語りかける。
「母さん、良かった怪我はないんだね!父さんは!?」
「あっちで皆と一緒に戦っているわ、今は、無事を祈りましょう」
厳しく、かつ優しく諭すのはさながら母の持つ慈愛というものか。ダンバンは大きく頷いた。
しかしその瞬間。場を大きく引き裂くような断末魔が轟いた。それは、彼らにとってよく聞きなれた人の声だった。
呼応したように赤子の泣き声が一層強いものへと変わる。少々、彼は思考停止した。そして再び動き出すまでに時間はそう要さない。
「父さん!」
遠くで機神兵の目の前でぐったり倒れる男がひとり。それは、ダンバンの父。
慌てて駆け寄ろうとするダンバンを、母は引き止めた。母さん、と叫ぼうとする間も与えずに、母は赤子と共にダンバンをシェルターへと押し込む。
「フィオルンのこと、頼んだからね」
これ以上ないというくらいに、母は優しく笑うと、その場に転げ落ちていた、誰のものかもわからない剣を手に駆け出した。がむしゃらに、何も考えずに。
それが、機神兵から逃れるための術なのだから当然、であるか。
「母さん、母さん!」
赤子の……フィオルンの鳴き声と共にダンバンも泣きじゃくる。駆け寄ろうとする彼を防衛隊員が押さえつける。
「危険だ!外に出ちゃいけない!」
「だって母さんが……父さんだって……!」
悔しそうに目で訴える。勿論その気持ちは防衛隊員にもしっかり届いている。けれどその気持ちを受け入れてやるわけにはいかなかった。
絶えず機神兵の猛攻は続く。こちらの兵力もいつまで保つかわからない。
早く、この無残な攻撃が終わればいいのにと悲痛な面持ちで願っていた。しかしその願いは届くはずも無く。
「――!!」
果敢に向かっていた彼の母は、無情にも機神兵の前に砕け散った。ダンバンは目を見開いて立ち尽くす。
言葉も出ない。フィオルンはただただ泣き叫ぶ。
しかし彼の母はまだ残っていた余力を盛大に振り絞って、機神兵へ渾身の一撃を放った。
刃が機神兵の体を貫く。その金属音は、とても心地悪い音だった。
その一撃を喰らい立っていられなくなった機神兵は、ぼろぼろとパーツを落として崩れた。
それを見届けて安心したらしい彼の母もまた、崩れ落ちた。
「そん、な……父さん、母さん……!」
フィオルンの泣き叫ぶ声も、今のダンバンには届かない。ただ目の前に広がるのは絶望。
「……ッ!!おばさん、フィオルンのこと、頼んだよ!!」
そしてダンバンは、何を思ったのか、彼のことを気遣いにきた知人の女性にフィオルンを託した。何を、と問う間もなくダンバンは防衛隊員の間をすり抜けて外へと出る。
転げ落ちていた細身の剣を握り、機神兵の猛攻の中へと飛び込んでいこうとする。
両親の仇だ。目がそう物語っていた。
「うあああああああーーーー!!」
ただ闇雲に駆けようとする。今、彼は何も考える余裕などなかった。ただ目の前の機神兵たちを斬り捨てたい。ただその一心のみだった。
だが、彼の懸命の突撃も、何者かによって阻まれる。
「痛っ……!」
強く腕を握られ、シェルターへと引き戻された。明らかに大人の男の力だ。さっきの防衛隊員か、と思いながらダンバンは、
「離せよっ!!」
と自分を捕らえる何者かを見上げた。しかしそこにいたのは、見慣れない、防衛隊員のようにも見えない見知らぬ男だった。
長い金の髪を赤いバンダナでまとめあげ、お世辞にもきっちりしているとは
言えない服装をした男。口元にたくわえた髭から、それなりの歳なのだろうと思える。
誰だ、と思う前にダンバンは、この人は強い、と感じた。
「このクソガキが!てめえが行ったところでどうにもならねえどころか死体処理の手間が増えるだけだろうが!」
「でも父さんと母さんが!仇を、おれは仇を討ちたいんだ!」
「ちったあ自分の力の限界ってものを考えろ!何も考えずに突っ込んで、イノシシかてめえは!」
激しい剣幕で叱咤され、ダンバンは言葉を失う。何故この人はここまで自分を怒るのだろう。
湧いて出た疑問は、今はまだ解決しない。
「だって……」
とうとうダンバンの瞳に涙が浮かんだ。怒られたこと、そして何より両親の死を漸く実感してきたこと、自分には何も出来ないこと。
いろんなものが織り交ざって彼の中で渦巻いて、彼の涙を作っていた。彼を追い込んでいた。
「あの赤ん坊、お前の妹だろ?」
俯けていた顔を上げる。知人の女性が不安そうな表情でフィオルンを抱えていた。大丈夫?と声をかけてくれる。
「もしあのまま突っ込んで、お前まで死んじまったら、あの妹はどうなる?あの歳で天涯孤独の身か。あ?」
「……あ、お、おれ……」
責め立てるような男の言葉に、ダンバンは言葉が出ない。睨みつける視線に惑う。
男は、一度ため息をついてから、厳しい視線を多少柔らかくし、しゃがみこんでダンバンと同じ目線に立ってやった。まっすぐに見つめる瞳。負けずにダンバンも見つめ返した。
慌てて涙を拭ってから、じっと。既に涙は乾いていた。
「親の死はしょうがない……とまでは言わんが、お袋さんに妹を託されたんだろ?ならそれを守らないでどうする」
「…………」
目を逸らすという行為を忘れたように、ダンバンはただただ、その男を見つめていた。
「護ってやりな。それが今、てめえに出来るすべてだ」
男がダンバンの頭をぽんぽんと撫でる。こくこくと無言で頷くダンバンの瞳に、また涙が浮かんだ。
「おれ、おれ……強くなりたい……」
「ああ、当然だ」
「フィオルンも、コロニー9のみんなも護れるくらい強く……」
「その意志がありゃあ強くなれる」
ダンバンの言葉に、男はすかさず返答していく。彼の背中を押すように。そして支えるように。
にかりと笑う男から、少しだけ煙草の臭いがした。父ような兄のような、独特な
存在感を持つ彼の姿は、ダンバンの目に新鮮に映った。
「俺ぁディクソンっていうんだ。また会うことがあったらよろしくな小僧」
「小僧じゃない、ダンバンだ!」
「ダンバンか。じゃあダンバン、強くなりてえなら、この俺の強さをしっかりと目に焼き付けておけよ!」
そう言うとディクソンと名乗った男は、傍らに置いていた自らの武器を取った。
見るからに重く扱いにくそうな銃を軽々と片手で担いで、機神兵の中へと突進していくその姿。
今のダンバンには、彼が英雄のようにも見えていた。あの男のように強くなりたいと心から願う。
ひとり、またひとりと機神兵によって命を絶たれ、そしてひとつまたひとつと機神兵が崩れていく。
コロニー9防衛隊の抗戦は、功を奏していた。
しかし機神兵から抗う術を持たない老人や女性、子供は逃げるしか出来ない。用意された防衛シェルターの中へと駆け込んでいく人は絶えない。
その中に、赤子を抱えたひとりの少年がいた。泣き叫ぶ赤子をあやしながら、
防衛シェルターへ向かって走り抜ける。
そこかしこに這い回る機神兵の脅威に怯え、走りながら受ける風は大変気持ちが悪い。
「ダンバン!」
その少年の背後から、少年の名前を呼ぶ女性が駆け寄ってきた。どうやら彼の母らしい。抱えた赤子は彼の妹ということか。
一心不乱にシェルター向かって駆け抜けながら、少年は母に語りかける。
「母さん、良かった怪我はないんだね!父さんは!?」
「あっちで皆と一緒に戦っているわ、今は、無事を祈りましょう」
厳しく、かつ優しく諭すのはさながら母の持つ慈愛というものか。ダンバンは大きく頷いた。
しかしその瞬間。場を大きく引き裂くような断末魔が轟いた。それは、彼らにとってよく聞きなれた人の声だった。
呼応したように赤子の泣き声が一層強いものへと変わる。少々、彼は思考停止した。そして再び動き出すまでに時間はそう要さない。
「父さん!」
遠くで機神兵の目の前でぐったり倒れる男がひとり。それは、ダンバンの父。
慌てて駆け寄ろうとするダンバンを、母は引き止めた。母さん、と叫ぼうとする間も与えずに、母は赤子と共にダンバンをシェルターへと押し込む。
「フィオルンのこと、頼んだからね」
これ以上ないというくらいに、母は優しく笑うと、その場に転げ落ちていた、誰のものかもわからない剣を手に駆け出した。がむしゃらに、何も考えずに。
それが、機神兵から逃れるための術なのだから当然、であるか。
「母さん、母さん!」
赤子の……フィオルンの鳴き声と共にダンバンも泣きじゃくる。駆け寄ろうとする彼を防衛隊員が押さえつける。
「危険だ!外に出ちゃいけない!」
「だって母さんが……父さんだって……!」
悔しそうに目で訴える。勿論その気持ちは防衛隊員にもしっかり届いている。けれどその気持ちを受け入れてやるわけにはいかなかった。
絶えず機神兵の猛攻は続く。こちらの兵力もいつまで保つかわからない。
早く、この無残な攻撃が終わればいいのにと悲痛な面持ちで願っていた。しかしその願いは届くはずも無く。
「――!!」
果敢に向かっていた彼の母は、無情にも機神兵の前に砕け散った。ダンバンは目を見開いて立ち尽くす。
言葉も出ない。フィオルンはただただ泣き叫ぶ。
しかし彼の母はまだ残っていた余力を盛大に振り絞って、機神兵へ渾身の一撃を放った。
刃が機神兵の体を貫く。その金属音は、とても心地悪い音だった。
その一撃を喰らい立っていられなくなった機神兵は、ぼろぼろとパーツを落として崩れた。
それを見届けて安心したらしい彼の母もまた、崩れ落ちた。
「そん、な……父さん、母さん……!」
フィオルンの泣き叫ぶ声も、今のダンバンには届かない。ただ目の前に広がるのは絶望。
「……ッ!!おばさん、フィオルンのこと、頼んだよ!!」
そしてダンバンは、何を思ったのか、彼のことを気遣いにきた知人の女性にフィオルンを託した。何を、と問う間もなくダンバンは防衛隊員の間をすり抜けて外へと出る。
転げ落ちていた細身の剣を握り、機神兵の猛攻の中へと飛び込んでいこうとする。
両親の仇だ。目がそう物語っていた。
「うあああああああーーーー!!」
ただ闇雲に駆けようとする。今、彼は何も考える余裕などなかった。ただ目の前の機神兵たちを斬り捨てたい。ただその一心のみだった。
だが、彼の懸命の突撃も、何者かによって阻まれる。
「痛っ……!」
強く腕を握られ、シェルターへと引き戻された。明らかに大人の男の力だ。さっきの防衛隊員か、と思いながらダンバンは、
「離せよっ!!」
と自分を捕らえる何者かを見上げた。しかしそこにいたのは、見慣れない、防衛隊員のようにも見えない見知らぬ男だった。
長い金の髪を赤いバンダナでまとめあげ、お世辞にもきっちりしているとは
言えない服装をした男。口元にたくわえた髭から、それなりの歳なのだろうと思える。
誰だ、と思う前にダンバンは、この人は強い、と感じた。
「このクソガキが!てめえが行ったところでどうにもならねえどころか死体処理の手間が増えるだけだろうが!」
「でも父さんと母さんが!仇を、おれは仇を討ちたいんだ!」
「ちったあ自分の力の限界ってものを考えろ!何も考えずに突っ込んで、イノシシかてめえは!」
激しい剣幕で叱咤され、ダンバンは言葉を失う。何故この人はここまで自分を怒るのだろう。
湧いて出た疑問は、今はまだ解決しない。
「だって……」
とうとうダンバンの瞳に涙が浮かんだ。怒られたこと、そして何より両親の死を漸く実感してきたこと、自分には何も出来ないこと。
いろんなものが織り交ざって彼の中で渦巻いて、彼の涙を作っていた。彼を追い込んでいた。
「あの赤ん坊、お前の妹だろ?」
俯けていた顔を上げる。知人の女性が不安そうな表情でフィオルンを抱えていた。大丈夫?と声をかけてくれる。
「もしあのまま突っ込んで、お前まで死んじまったら、あの妹はどうなる?あの歳で天涯孤独の身か。あ?」
「……あ、お、おれ……」
責め立てるような男の言葉に、ダンバンは言葉が出ない。睨みつける視線に惑う。
男は、一度ため息をついてから、厳しい視線を多少柔らかくし、しゃがみこんでダンバンと同じ目線に立ってやった。まっすぐに見つめる瞳。負けずにダンバンも見つめ返した。
慌てて涙を拭ってから、じっと。既に涙は乾いていた。
「親の死はしょうがない……とまでは言わんが、お袋さんに妹を託されたんだろ?ならそれを守らないでどうする」
「…………」
目を逸らすという行為を忘れたように、ダンバンはただただ、その男を見つめていた。
「護ってやりな。それが今、てめえに出来るすべてだ」
男がダンバンの頭をぽんぽんと撫でる。こくこくと無言で頷くダンバンの瞳に、また涙が浮かんだ。
「おれ、おれ……強くなりたい……」
「ああ、当然だ」
「フィオルンも、コロニー9のみんなも護れるくらい強く……」
「その意志がありゃあ強くなれる」
ダンバンの言葉に、男はすかさず返答していく。彼の背中を押すように。そして支えるように。
にかりと笑う男から、少しだけ煙草の臭いがした。父ような兄のような、独特な
存在感を持つ彼の姿は、ダンバンの目に新鮮に映った。
「俺ぁディクソンっていうんだ。また会うことがあったらよろしくな小僧」
「小僧じゃない、ダンバンだ!」
「ダンバンか。じゃあダンバン、強くなりてえなら、この俺の強さをしっかりと目に焼き付けておけよ!」
そう言うとディクソンと名乗った男は、傍らに置いていた自らの武器を取った。
見るからに重く扱いにくそうな銃を軽々と片手で担いで、機神兵の中へと突進していくその姿。
今のダンバンには、彼が英雄のようにも見えていた。あの男のように強くなりたいと心から願う。