憧憬
「なあ、おっさん!死ぬなよ!!今度俺に武器の扱い方教えてくれよ!!」
ダンバンのその言葉が届いたのか、ディクソンはにやりと笑った。その笑顔と共に、シェルターの扉が閉じられた。
そこから機神兵撤退まで持っていくのに、時間はそうかからなかったように記憶している。
「ま、ガキん時からイノシシだったなあお前はよ」
それから十数年。ダンバンは自分を激しく叱責したディクソンと共に、コロニー9の地に立っていた。
彼らの見つめる先には、剣の訓練に励むシュルクとラインの姿。ひたむきな彼らの姿を見て、ひたむき、というよりは顧みない性格だったかつてのダンバンのことを思い出したらしいディクソンが、唐突にそんな思い出話に花を咲かせた。
「三つ子の魂百まで、ってな」
「得意げになるんじゃねえ」
ディクソンに睨まれ、うっと言葉に詰まるダンバン。しかしそれは事実だ。
幼少の頃よりそうだった気質が、成長して更正されるなどダンバンにはありえない。
そこがある種、彼の取り得でもあった。
「あん時わーわー喚いてたクソガキが、今や立派なおっさんだ。まったく嘘みたいだぜ」
「ロートルにゃ言われたくねえな」
「口も随分と達者になったもんだ」
ディクソンは懐から煙草を一本取り出すと、くわえて火をつけた。慣れた動作は、ダンバンにとってもよく見慣れた光景だった。
吐き出す煙はあの時感じたにおいと全く同じ。ずっと同じものを吸っていて飽きないのかとすら感じる。
その紫煙は風に乗り、空へ吸い込まれ消えていく。
「ディクソンさーん!どうでした今の僕の動き!」
「ダンバーーン!俺の方がかっこよかったよな!な!」
遠くから、剣の訓練を終えたらしいシュルクとラインが叫ぶ。ふたりとも伯仲した実力だと、ディクソンとダンバンは言った。
その横から
「シュルクの方がかっこいいに決まってるわよ、ね。お兄ちゃん、ディクソンさん」
なんて言って笑うフィオルンがやってくる。
焼きたてのクッキーの匂いが鼻をくすぐった。特に腹が空いていなくても、空腹感を呼び起こさせる香りだった。
「フィオルン、少しはラインのことも認めてやったらどうだ?」
「えー、だってシュルクの方がかっこいいじゃない、ラインよりずっと」
「イノシシの妹もイノシシ、ってかあ」
「どういう意味ですかディクソンさん!」
「さてな」
「イノシシは俺だけで充分だ」
そうやって他愛もないやりとりを続ける3人を、またシュルクとラインが呼ぶ。今度は一緒に特訓しようという呼びかけだった。
面倒だとぼやくディクソンを、ダンバンがロートル爺は大人しくしといたらどうだと茶化し。
そしてディクソンは聞き捨てならないとダンバンを置いて先にシュルクとラインの元へ向かった。
「ディクソンさん、大人げないわね。お兄ちゃんもだけど」
「ま、まあな」
ディクソンが来て嬉しそうに笑うシュルクに、ダンバンも早く来いよと促すライン。ダンバンは今行くと答えた。
「あー、こんなことなら私も武器持ってくれば良かったわ。一緒に特訓したかった」
というフィオルンの言葉に、ダンバンはあまり無理はするなと諭す。不平を呟くフィオルンに苦笑いを浮かべながら、ダンバンは先にいる彼らを見据える。
今こうやってここに立っていることに、嬉しさを覚えていた。あの時彼がああして諭してくれなければ自分はどうなっていたかと考えるが、すぐに止める。
今はただ、ダンバンはディクソンに感謝していた。この感謝の念が薄れることはないだろうと、思っていた。
これから先も機神兵の侵攻は絶えないだろう。その度に共に、戦場を駆け抜けられると、駆け抜けたいと心底願う。
「イノシシの戦い方ってもんを、見せてやれよ」
「言われなくてもそのつもりだ」
確かにそこには、信頼があった。