コイゴコロ
「私…マッシュのことが好きだと思う」
その言葉を聞いてしまったのは本当に偶然だった。
どうも寝苦しくて寝付けず、外の風に当たろうと飛空艇の甲板の扉に手をかけたところだった。
「そうなんだ…私も色男よりはきっとマッシュだとは思ってはいたけど、てっきりロックだと思ってた」
セリスとリルムの会話だということは容易にわかった。
何しろこの飛空艇には自分を除いて彼女達二人しか女性がいないのだから。
そう、自分ティナを除いては。
「セリスはいつからそう思ってたの?」
「分からない。あまりそういう恋愛事に詳しくはないから…気付いたのは本当に最近なんだ」
聞いてはいけない会話なのかもしれない。
けれど、どうしてもこの場から立ち去ることができなかった。
まさか、セリスがマッシュのことが好きだなんて。
もちろんティナだってマッシュやセリスやリルムのことは仲間としてきっと『好き』ではあったが、今二人が話している『好き』がこれとは別のものなのだということはティナにもわかった。
セリスは“恋愛事”だと言ったのだから。
それがどういう風に質の違うものなのかまでは分からないが、けれど恋愛の『好き』でお互いを想えば、いずれは結婚して、家族になり、子供を作り、育て、幸せに暮らしていくのだと、以前リルムから教えてもらったことがあった。
マッシュもセリスのことが『好き』なのならば二人は戦いが終われば一緒に暮らすのだろうか。
それを考えると理由も分からないまま胸が苦しい気がした。
胸が苦しくて痛い。
どうすればいいのかティナには分からず、胸元の布を掻き寄せた。
「苦しい…この気持ちはなに?」
結局甲板に出て風に当たることはできないまま自室へと帰ることしかできなかった。
「どうしたティナ、眠れなかったのか」
次の朝早く、結局よく眠れないまま、ぼーっとした頭を押さえたまま甲板に出るとマッシュが体を動かしていた。
「早いのねマッシュ」
「ああ、朝早く起きて体を動かさないと一日が始まらない気がするんだよ」
「辛くはないの?」
腹筋をするマッシュの横に腰をおろして、ティナは首を傾げたが、マッシュはにこっと笑うと立ち上がったのでティナはつられて見上げる羽目になった。
遥か高くにマッシュの頭があるように見える。
「辛くはないさ、山で修業してた頃はこれが普通だったし、何より体を動かすのは好きだから。気持ちいい。そうだ、よかったらティナもやるか」
「気持ちいいの?」
「ああ」
大きく頷き笑うマッシュの笑顔が本当に楽しそうだったので、汗を流していてとても辛そうなのに、それは本当に気持ち良さそうに思えた。
「私もやりたい」
「朝早く起きなきゃだめだぞ」
「起きられるわ」
「よし、じゃあ今日はもうおしまいだけど明日の朝からはじめよう」
そういってマッシュは大きな手でティナの頭を撫ぜた。
「うん」
明日の朝を思うとわくわくと胸が踊った。
ケフカを倒し世界を救わなければならないこんな時だというのにとても楽しみだった。
昨晩の胸の苦しさはすっかり消え去り、もうなんてことはない。
「おはようティナ早いな」
朝食へ向かおうとしたところで今起きたばかりらしいセリスと出会った。
盗み聞きするつもりはなかったものの、結果的にそうしてしまったことに罪悪感を感じ、笑いかけるセリスに笑い返すことができなかった。
「おはよう…」
「どうしたの、気分が悪いのか」
「違うの、その…昨日よく眠れなくて」
「ああ、昨日は寝苦しかったものね。私も昨日眠れなくてリルムと…」
「待って!」
その話は聞きたくはなかった。
知っているのだ、リルムと甲板で恋愛の話をしていた。
そしてセリスはマッシュが『好き』だと言ったのだから。
「どうした」
「ごめんなさい、エ、エドガーに用事があるの」
「そうか、引き止めて悪かった。また後でね」
「うん、ごめんなさい」
…嘘をついてしまった。
どうしてそんな嘘を咄嗟についてしまったのか分からないまま、セリスへの罪悪感は増すばかりだ。
いたたまれずその場から走り去るティナの後ろ姿をセリスは首を傾げ、不思議なものを見るように見送るしかなかった。
結局走り去ったまま行く当てもなく、もといた甲板に戻ってきたティナを迎えたのは気持ちのいい風だった。
けれど、胸は一度治まったはずの痛みでいっぱいだった。
「分からない、どうして胸が苦しいの」
この気持ちはなに?
問い掛けたところで風が答えてくれるわけもなく、ティナの小さな呟きはそのまま大気に飲み込まれて消えた。
「ティナ」
しばらくそうしてぼんやり空を眺めていただろうか、不意に背後から掛けられた声に意識は一気に現実に引き戻された。
「マッシュ?!」
振り返ったティナの瞳に映されたのは金髪に碧眼。
けれどそれはマッシュではなかった。
「エドガー…、ごめんなさいマッシュかと」
「いや、気にしないで。私とマッシュの声は似ているからね。」
優しく微笑みを浮かべたままエドガーはティナの横へと歩み寄る。
足取りはさすがに優雅で上品だ。
同じ長い足でも大きく大地を踏みしめるように歩くマッシュとは違う。
声だって似てはいるが、まったくの同じではないのだ。
「ごめんなさい、本当にどうして間違えたのかしら」
すまなさそうに謝るティナに苦笑してエドガーは少しばかり大げさに手をあげると指を左右に振った。
「レディ、貴女にそんな顔は似合わない。それより私に用事があるとセリスに聞いたんだが…」
本当は用事なんてなかったのだ。
咄嗟に口から出た嘘でエドガーはわざわざ自分を探しに来てくれたのだろうか。
途端にティナの心はさらに苦しく締め付けられた。
「ごめんなさいエドガー本当は用事なんてなかったのよ」
「ティナ、さっきから君は謝ってばかりだ。朝ご飯も食べず何かあったのかい?」
そういって優しく頭を撫ぜるエドガーの体温はマッシュのそれのように温かい。
「分からないの、どうしてセリスに嘘をついたのか、自分でもよく分からないの。でもとても胸が苦しくてあの場にいることが耐えられなかった」
「喧嘩をしたわけではないんだろう?」
胸の奥にある燻りをいっそのこと全てエドガーに打ち明けてしまいたかったが、それにはセリスがマッシュのことが好きだとということも言わなくてはいけなくなる。
そういう人の恋愛事をむやみに他人に話すのはデリカシーのないことだと以前カイエンに聞いたことがあった。
「セリスは悪くないわ。私が一人で勝手に苦しくなるの」
「…そうか、けれどずっと悩んでいるのも不健康だからね。あまり一人で考えてはだめだ。何かを悩んでいる時は案外自分が見えていないものだから」
「…どういうこと?」
「つまり人に相談しなさいということさ。他人の目から見れば解決法も見つかるかもしれないよティナ」
わざと明るくおどけるように言って気を遣ったのだろう彼はその場を立ち去った。
再びティナは一人になり、飛空艇の風が揺れた。
エドガーの笑顔が温かい。まるでマッシュのよう。
そう思ってティナはふと自分の中に違和感を見つけた。
その言葉を聞いてしまったのは本当に偶然だった。
どうも寝苦しくて寝付けず、外の風に当たろうと飛空艇の甲板の扉に手をかけたところだった。
「そうなんだ…私も色男よりはきっとマッシュだとは思ってはいたけど、てっきりロックだと思ってた」
セリスとリルムの会話だということは容易にわかった。
何しろこの飛空艇には自分を除いて彼女達二人しか女性がいないのだから。
そう、自分ティナを除いては。
「セリスはいつからそう思ってたの?」
「分からない。あまりそういう恋愛事に詳しくはないから…気付いたのは本当に最近なんだ」
聞いてはいけない会話なのかもしれない。
けれど、どうしてもこの場から立ち去ることができなかった。
まさか、セリスがマッシュのことが好きだなんて。
もちろんティナだってマッシュやセリスやリルムのことは仲間としてきっと『好き』ではあったが、今二人が話している『好き』がこれとは別のものなのだということはティナにもわかった。
セリスは“恋愛事”だと言ったのだから。
それがどういう風に質の違うものなのかまでは分からないが、けれど恋愛の『好き』でお互いを想えば、いずれは結婚して、家族になり、子供を作り、育て、幸せに暮らしていくのだと、以前リルムから教えてもらったことがあった。
マッシュもセリスのことが『好き』なのならば二人は戦いが終われば一緒に暮らすのだろうか。
それを考えると理由も分からないまま胸が苦しい気がした。
胸が苦しくて痛い。
どうすればいいのかティナには分からず、胸元の布を掻き寄せた。
「苦しい…この気持ちはなに?」
結局甲板に出て風に当たることはできないまま自室へと帰ることしかできなかった。
「どうしたティナ、眠れなかったのか」
次の朝早く、結局よく眠れないまま、ぼーっとした頭を押さえたまま甲板に出るとマッシュが体を動かしていた。
「早いのねマッシュ」
「ああ、朝早く起きて体を動かさないと一日が始まらない気がするんだよ」
「辛くはないの?」
腹筋をするマッシュの横に腰をおろして、ティナは首を傾げたが、マッシュはにこっと笑うと立ち上がったのでティナはつられて見上げる羽目になった。
遥か高くにマッシュの頭があるように見える。
「辛くはないさ、山で修業してた頃はこれが普通だったし、何より体を動かすのは好きだから。気持ちいい。そうだ、よかったらティナもやるか」
「気持ちいいの?」
「ああ」
大きく頷き笑うマッシュの笑顔が本当に楽しそうだったので、汗を流していてとても辛そうなのに、それは本当に気持ち良さそうに思えた。
「私もやりたい」
「朝早く起きなきゃだめだぞ」
「起きられるわ」
「よし、じゃあ今日はもうおしまいだけど明日の朝からはじめよう」
そういってマッシュは大きな手でティナの頭を撫ぜた。
「うん」
明日の朝を思うとわくわくと胸が踊った。
ケフカを倒し世界を救わなければならないこんな時だというのにとても楽しみだった。
昨晩の胸の苦しさはすっかり消え去り、もうなんてことはない。
「おはようティナ早いな」
朝食へ向かおうとしたところで今起きたばかりらしいセリスと出会った。
盗み聞きするつもりはなかったものの、結果的にそうしてしまったことに罪悪感を感じ、笑いかけるセリスに笑い返すことができなかった。
「おはよう…」
「どうしたの、気分が悪いのか」
「違うの、その…昨日よく眠れなくて」
「ああ、昨日は寝苦しかったものね。私も昨日眠れなくてリルムと…」
「待って!」
その話は聞きたくはなかった。
知っているのだ、リルムと甲板で恋愛の話をしていた。
そしてセリスはマッシュが『好き』だと言ったのだから。
「どうした」
「ごめんなさい、エ、エドガーに用事があるの」
「そうか、引き止めて悪かった。また後でね」
「うん、ごめんなさい」
…嘘をついてしまった。
どうしてそんな嘘を咄嗟についてしまったのか分からないまま、セリスへの罪悪感は増すばかりだ。
いたたまれずその場から走り去るティナの後ろ姿をセリスは首を傾げ、不思議なものを見るように見送るしかなかった。
結局走り去ったまま行く当てもなく、もといた甲板に戻ってきたティナを迎えたのは気持ちのいい風だった。
けれど、胸は一度治まったはずの痛みでいっぱいだった。
「分からない、どうして胸が苦しいの」
この気持ちはなに?
問い掛けたところで風が答えてくれるわけもなく、ティナの小さな呟きはそのまま大気に飲み込まれて消えた。
「ティナ」
しばらくそうしてぼんやり空を眺めていただろうか、不意に背後から掛けられた声に意識は一気に現実に引き戻された。
「マッシュ?!」
振り返ったティナの瞳に映されたのは金髪に碧眼。
けれどそれはマッシュではなかった。
「エドガー…、ごめんなさいマッシュかと」
「いや、気にしないで。私とマッシュの声は似ているからね。」
優しく微笑みを浮かべたままエドガーはティナの横へと歩み寄る。
足取りはさすがに優雅で上品だ。
同じ長い足でも大きく大地を踏みしめるように歩くマッシュとは違う。
声だって似てはいるが、まったくの同じではないのだ。
「ごめんなさい、本当にどうして間違えたのかしら」
すまなさそうに謝るティナに苦笑してエドガーは少しばかり大げさに手をあげると指を左右に振った。
「レディ、貴女にそんな顔は似合わない。それより私に用事があるとセリスに聞いたんだが…」
本当は用事なんてなかったのだ。
咄嗟に口から出た嘘でエドガーはわざわざ自分を探しに来てくれたのだろうか。
途端にティナの心はさらに苦しく締め付けられた。
「ごめんなさいエドガー本当は用事なんてなかったのよ」
「ティナ、さっきから君は謝ってばかりだ。朝ご飯も食べず何かあったのかい?」
そういって優しく頭を撫ぜるエドガーの体温はマッシュのそれのように温かい。
「分からないの、どうしてセリスに嘘をついたのか、自分でもよく分からないの。でもとても胸が苦しくてあの場にいることが耐えられなかった」
「喧嘩をしたわけではないんだろう?」
胸の奥にある燻りをいっそのこと全てエドガーに打ち明けてしまいたかったが、それにはセリスがマッシュのことが好きだとということも言わなくてはいけなくなる。
そういう人の恋愛事をむやみに他人に話すのはデリカシーのないことだと以前カイエンに聞いたことがあった。
「セリスは悪くないわ。私が一人で勝手に苦しくなるの」
「…そうか、けれどずっと悩んでいるのも不健康だからね。あまり一人で考えてはだめだ。何かを悩んでいる時は案外自分が見えていないものだから」
「…どういうこと?」
「つまり人に相談しなさいということさ。他人の目から見れば解決法も見つかるかもしれないよティナ」
わざと明るくおどけるように言って気を遣ったのだろう彼はその場を立ち去った。
再びティナは一人になり、飛空艇の風が揺れた。
エドガーの笑顔が温かい。まるでマッシュのよう。
そう思ってティナはふと自分の中に違和感を見つけた。