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どうしようもなく。

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ガキン!と木刀のぶつかりあう音が響く。
「利き腕に頼るな!軸足の踏み込みが甘い――そうだ」
厳しい声に押されて、天真は木刀を握る手に力を込める。
竹刀よりも硬く重いこの武器は、少しでも気を抜くとすぐ骨に響く。
握りこむ手の皮膚も根こそぎ持っていかれるような、鈍い痛みと剣の衝撃に眉をひそめた。
「っ…く、のやろ!」
渾身の力でつばぜり合いを押し返す。
反動に手の汗が混ざって木刀を滑らせたところに、見逃さない頼久の一刃が入る。

その瞳。
剣を振るう時にだけ彼が見せる、全てを斬ろうとする武人の瞳。
それは殺気を帯びて――自分が相手では本来の何分の一か程度であろうが、それでもこちらの闘争心を砕くのに十分な威力を持っている。
殺られる、という恐怖。
負けまいと歯を食いしばるが、敵わず。

ガキィン!

「った…!!」
焼きつくような鋭い痛みが両手に走り、力の入らないそれが自分の刀を取り落とす。
思わずしりもちをつきそうになるのは何とか堪えるものの、目前には頼久の顔が迫っていて。
ひた、と冷たい木の感触が首に当たった。
「…!」
天真は一瞬息を詰め、肩を大きく上下させながら口を引き結んで頼久を見返した。
紫苑の瞳に、険しい顔をした自分が映っている。
それがユラリと歪み、長いまつげに伏せられた。
すい、と音もなく天真から離れる。
「大分粘るようになったな。いい傾向だ」
はーー、と大きく息を吐いた。
「あーくそ、それでもまだ一本も取れないじゃねーか」
落ちた木刀を拾い、頼久の後について井戸に向かう。
木刀を立てかけ、汲んだ水を両手ですくって顔にかけた。
「だが、上達している」
「……」
澄んだ頼久の声に、動きが止まる。
なんだかなぁ。
「…ありがとよ」
嘘を言わない人間だからこそ、誉められると素直に嬉しい。
ごしごしと顔を隠すように拭いて、天真はこっそりと頼久の様子を伺った。
手ぬぐいを絞り、さっぱりと汗を拭う姿には素人目から見ても隙がない。
均整の取れた身体つきはさすが武士、肩幅も25の男として十分なくらいがっしりとして広い。
天真は手をのばし、頼久の腕をとった。
「天真?」
頼久の怪訝そうな顔は見ずに、その指先に視線をあてる。
武士らしくごつごつとして強い、しかし長くて繊細な指。
蘭がやったように自分の手と重ね合わせてみて、予想通りひと回り大きいのに目を細めた。
「…天真?」
呼ばれて、天真は頼久の顔を見る。
すっと通った鼻すじ、形の良いくちびる。
綺麗に線を描く眉は今はいくぶんひそめられて、深い紫苑の瞳が陽の光に透けて映える。

美人だ。
天真は思った。

武士として優れた体格に恵まれ、剣を振るうだけの覚悟も実力もある。
そのくせ細かい所までキレイにつくられた造作は菖蒲を思わせたりなんかもする。
剛と柔。質素な華やかさ。
相反するような性質が、この男には天性で備わっている。
(反則だよな…チクショウ)
惚れた――なんて、いまだに自分でも信じられない感情だけど。
「天真…どうかしたのか?」
自分を凝視していたかと思えば、どこか気まずそうに目を伏せたりもする。
よくわからないが、何か言い澱んでいることでもあるのだろうか。
頼久は心持ちかがんで、天真の顔を覗き込む。
天真も目を上げて頼久を見つめた。
「天――…」
かけようとした声は、口をふさがれて止まった。
触れ合った唇はほんの一瞬で離れ、同時に回された腕で首に負荷がかかる。
ぎゅ、と天真にしがみつかれて。
「天真…?」
わずかに掠れたような頼久の声。
それは彼がひどく動揺しているときにだけ出される声質で、それが不意打ちでも、心を動かせたことがちょっと嬉しい。
こんな所でいきなり口付けても、抱きついても何も咎めないことも。
(あー、も、俺)
天真は火照った顔をうずめるように頼久の肩口に押し付け、腕に力を込めた。
戸惑うように頼久が腰に手を回してくる。
ああもう。
「…悪ィ…ちょっと、このままいさせて…」
ぽつりとつぶやくと、頼久が何か考えるような気配があって。
「ああ」
ぽん、と頭を撫でられた。
甘える子供をあやすように。
(ガキだよ、ったく…)

端正な顔も、耳障りのいい声も、包み込んでくれる腕も安心できる背中も。
こいつだろ。
こいつには、敵わないだろ。
少なくとも俺にとっては、こいつが一番――

「…あー、チクショウ」
ごつん、と肩に額を打ち付ける。
よしよしと頭を撫でられて。
畜生。こいつ深く考えずにやってんだぜ。
天真はもう一度、額をぶつけた。

頼久は時々、どうしようもなく格好良い。
そのたびに惚れ直すなんて、天真は絶対に認めたくはないのだが。


それもまた、どうしようもない話。


[終]
作品名:どうしようもなく。 作家名:秋月倫