はじまりは 驚愕と困惑と
『仕方ないのかもしれない』
…そう、なのか?
『関わらない方がいい』
それで――解決するのだろうか?
(…違うだろ)
そうじゃ、ないだろう。
勝真は軽い絶望と虚無を感じながら、しかしそれを口にすることもできず頼忠から目を逸らした。
そうじゃない。それじゃ何の解決にもなっていない。
だけど今それを言っても、…きっと彼には伝わらない。
「……」
そうだ。
彼にはどこか、熱の通っていないようなところがある気がする。
それは彼だけではなくて、生きていくのにも支障はなくて、むしろそれは一見迷いが無いようで、強いと誤解されさえする。
それが自分との違いで、その温度差は確かにもう埋まりようのないものなのかもしれない。
だけど――それじゃなんだか、…つらいじゃないか。
触れていたあの指先の冷たさは確かに、勝真には心地よさをもたらしたのに。
この熱は彼には何の意味もないものなのだろうか?
どんな熱も、このつめたい肌の上をすべって消えていくだけのものなのだろうか。
(――だとしたら)
もし、そうだとしたら。
俺は。
(…俺は)
勝真は彼の手を包む、力をいっそう強く込めた。
俺は望む。
「…お前に…この熱が移ればいいのに」
ぽつり、と零れ落ちた言葉は。
一拍の間を置いて、頼忠の目を見開かせ。
さらに一拍後、
頼忠の顔を赤く染め上げた。
すーーーー、と音も無く、絹が色を吸うのにも似て。
真っ赤な顔になった頼忠はそして、驚愕と困惑の入り混じった表情で口を押さえた。
(…え、おい)
そんな一連の反応に、勝真のほうが困惑する。
何だ何だ?俺今何か変なこと言ったか?
ただこの熱が――
(…熱が)
「…!」
まるで色事めいた、言葉遊びのような。
ボッ!と勝真の顔も爆発した。
「わ、あ!違っ、今のはそうじゃなくて、俺はただお前に俺の気持ちが伝わればって、いやまてそれじゃ変わってないな!だからその、言葉で言うのは俺も得手じゃないから――いやだからどうしたら通じ合えるのか、じゃなくってっ……!」
ああ、言い繕おうとしているのにどんどん深みに嵌っていってる気がする。
ただ単に意思の疎通の話がしたいのに、どうにも色事のイメージが払拭できないのは何故だ!?
(こ、これじゃまるで俺が頼忠に――)
ふっ、と空気が動いた。
「!」
ぎく、として頼忠を見ると、彼はいつのまにかうつむいて僅かに肩を揺らしている。
(…?)
ふっ、く、くくっ
吐息が断続的に落ちる。合わせて、肩が揺れている。
(…うそだろ…)
笑っている。
頼忠が。
「…!」
勝真は目の前の光景が信じられなくて、思わず息を飲んだ。
「すまない、だが…口にしたお前のほうが余程うろたえていたので、つい…」
くっくっと、抑えきれない笑いが端からこぼれる。
「あ…」
初めてだ。
こんなふうに感情の幅がふれている頼忠を見るのは。
今なら言葉が通じるような気がして、勝真は湧き上がる感情のままに口を開いた。
「…何も、そんなに笑うことないだろうが」
少々憮然として言うと、頼忠が笑いを噛み殺してまっすぐ見つめ返してくる。
「そうだな…だがあんなに焦らなくてもいいだろうに」
後半、声を震わせながら言葉を返し、また下を向いて肩を揺らす。
よっぽどウケたらしい。
「~~っ、お前があんな反応寄越すからだろうが!」
こいつの笑いのツボはよくわからんな、と思いながら、勝真はくしゃりと前髪を掻き上げた。
別に自分としてはそう可笑しなことを言ったつもりはなかったのだ。
だが、頼忠があんなふうに表情を変えるから。
「…ああ、それは」
勝真の言いたいことが伝わったのだろう、頼忠は笑いをおさめて顔を上げた。
「すまない。どうやら私は、お前の言葉に期待したようだ」
「…は?」
どういう意味だ、と眉をひそめる勝真に頼忠はふっと笑みを浮かべ。
「熱を――分けて、くれるのだろう?」
「!!!」
ぎょっとして頼忠を見る勝真を、穏やかに見つめ返す。
あたたかそうだ、と思っていた。
横たわる彼に今ならと触れてみて、思ったとおりのあたたかさに何故だか泣きそうになった。
触れていたい。
この凍えそうな心に、その熱を分けてほしいと。
切望していたのだ。
ずっと、たぶん初めて会ったときから。
「お前が熱を分けてくれるのなら――是非、お願いしたい」
彼のあの言葉によって呼び起こされたものは、驚愕と困惑と、そして喜び。
あんなにも不可解だった勝真の心の動きが今は、手に取るように伝わってくる。
それが、うれしい。
「! ばっ…お前、意味わかって言ってんのか!?」
「勿論」
どこか楽しそうに、頼忠が答える。
「私はたぶん、構わない。それが手を繋ぐだけでも」
「――」
これは、からかっているのではない。
彼らしくない軽い響きの言葉で紡がれてはいるが、頼忠は本気だ。
勝真は、言葉を失った。
何がどうなったのかわからないが、事態はいま急展開を迎えている。
昨日の今ごろ、いや今日の朝まではこんなことになるなんて龍神さえ予想していなかっただろう。
ぐるぐると脳内で思考のドツボに嵌っているのを知ってか知らずか、頼忠はゆっくりと目を閉じて、言った。
「それはとても…あたたかそうだ」
それって、どれだ!何を想像した、今!?
勝真は頭の片隅でそうツッコミつつも。
突然に掴んでしまった頼忠の本質(本性ともいうか)に、
驚愕と困惑と、そして――
「…うわ」
何ともいえない感情でいっぱいになって、勝真は頭を抱えた。
[終]
作品名:はじまりは 驚愕と困惑と 作家名:秋月倫