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ある愛の詩

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月曜日の星奏学院普通科棟、2年2組教室。

「日野さん、金澤先生から放課後に職員室に来るようにと言付かった」
「あ、ありがとう。わざわざ知らせに来てくれたの?」
「……用があって音楽室に行ったら、強引に頼まれたので」
「そ、そうなんだ……ごっ、ごめんね」
「君が謝ることじゃない」
じゃあ俺はこれで、と去っていこうとする月森を、日野は呼び止める。
「月森くん!ごめん、私何かした?」
「……何故?」
「あ、その……何だかちょっと、怒ってるみたいだから」
「日野さんに対して怒ってる、っていうより、機嫌が悪いみたいに見えるよ。週末、土浦とデートだったんでしょう?上手くいかなかったのかな」
「…………」
加地が口を挟むと、月森は静かにうなだれた。
「……そう、かもしれない。あまり気がつきたくないことに気がついてしまったというか……」
「気が……つきたくないこと?」
「あ、月森!やっぱりここにいやがったか」
廊下から声を上げて、土浦が入ってくる。
「土浦くん」
「よぉ日野、加地。悪い、話し中だったか?」
「話し中っていうか……」
日野が口篭ると、月森が沈んだ表情のまま土浦を見やる。
「……土浦、俺に用なら手短にお願いしたい」
「? 何だよ、どうかしたのか?土曜の帰りからこっち、ずっとふさぎこんでるみたいだが……」
「反対に、土浦は何だか上機嫌だね。てっきりデートがうまくいかなかったのかと思ったけど……そういうわけじゃないんだ?」
加地が首を傾げると、土浦は頷いた。
「あ、ああ。これといって別に……おい月森、いい加減何なんだよ。俺に文句があるならはっきり言え」
「…………」
床に視線を落とした月森に、言葉を重ねる。
「言わないとわかんねえだろ!」
「…………」
ふいっ、と月森は顔を背けた。
「……君は、俺のことが好きなのではないんだろう」
「は、あ!?」
思いがけない発言に、土浦は驚いて声を上げる。
日野と加地も目を丸くしたが、月森は俯いたままで続ける。
「前から、もしかしてと思っていたんだ。だが土曜のコンサートで確信した……君が好きなのは本当は、俺の母なんだろう?」
真顔でまっすぐに見上げられた土浦は思わずよろめき、ガタタッと机にぶつかった。
「なっ……な、にを馬鹿な……!?」
「……俺は小さい頃から母によく似ていると言われてきた。自分ではよくわからないが――今も母親似だと言われるから、そうなんだろう。君は……俺が母に似ているから好きなんじゃないのか」
ぶふァ!と加地は思わず変なふうに吹き出してしまった。
日野も口元を押さえて、必死に笑いを堪えている。
「あ、アホか!そんなわけないだろ!!」
「そうだろうか?――なら、訊くが」
月森は真剣そのものの顔で、土浦を見据える。
「もしも君が付き合うとしたら、日野さんと加地のどちらを選ぶ?」
ごふっ、と加地は机に突っ伏した。
「は、はァ!?」
本人たちを前に、何を言い出すのか。
「例えばの話だ。いいから答えてくれ」
土浦は困惑気味に日野と加地を見やり、いいよ気にしないよ、と日野が手を振るのを見て月森に視線を戻した。
「……あー、そりゃ……日野だろ、普通に」
「では、志水くんと冬海さんなら?」
「……志水ってお前……、……普通に冬海だと思うが」
うんざりしながら土浦は答えるが、月森の質問は続く。
「それなら、天羽さんと柚木先ぱ」
「無茶言うな」
思わず即答してしまい、あわてて土浦は口をつぐむ。
たとえそれが本音でも、言っていいことと悪いことはある。
いやそもそもこんな値踏みするような質疑応答は趣味ではないのだが……
「もういいだろ、何なんだよ」
イラついた表情を隠しもせずに言うと、月森は完全にしょげかえってしまっていて。
沈みきった暗い声が、消え入りそうになりながらかろうじて聞こえてきた。
「……やっぱり、そうなんじゃないか」
「だから何がだよ!」
思わず声を荒げると、月森は急にバッと顔を上げた。
「やっぱり君は男より女のほうが好きなんじゃないか!!」
「当っっったり前だろうが!!!」

(う、うわ)
教室中に響くほどの大声に、加地は肩をすくめる。
クラスメイトたちもその音量に驚いたような顔を見せたが、その発信源を確認すると何事もなかったようにそれぞれの会話に戻っていく。
(……学院の人たちって、何て言うかスゴイよね……)
こんな公開痴話喧嘩――というか、先程からの論点にもなっているとおり彼らは男同士だというのに、堂々とデートだ何だと口にしてはばからないというのはかなりリベラルな校風?だ。
隣に座る日野でさえ、どうしてあの2人っていつも2組に集まるんだろうねーなどとのんびり首を傾げている。

「だったら――同じ顔なら男の俺ではなくて女性である母のほうが好きだということだろう!?」
「なんつー濡れ衣を着せようとしてんだお前は!言っとくが、確かに親子なんだから普通に似てるんだろうけど、俺からすりゃ全然違う顔だぞお前とあの人は!!」
土浦が顔を真っ赤にして怒鳴ると、月森はわずかに怯む。
「そ……そう、なのか……?」
「そうに決まってんだろうが普通に考えて!」
だが、と月森はまだ疑うように口の中でもごもごと呟いている。
それを見て土浦はハァ、とため息を吐いた。
「確かに俺はお前の顔は好きだが、顔だけで付き合ってるってわけじゃねえよ。……例えばお前に同じ顔した妹がいたとしても、俺はお前を選ぶと思うし」
「……、土浦……」
月森は照れたように目を逸らす土浦を、じっと見つめる。
「つまり……年上趣味だということか?」
「人の話聞いてんのかお前は!!!」
姉でも兄でも同じことだ!と言い切った土浦に、ようやく月森はホッとしたように息をついた。
「……そう、か……なら、君は本当に俺のことを好きで付き合っているんだと、思っていていいということなんだな……?」
「当た……、って何言わせるんだこんな所で!」
かなり今更に周囲を見渡した土浦が、ぎゃあっと叫び声を上げる。
「すまない。だが……とても嬉しくて、……つい」
「つ、月森……」
頬を染めた月森にほだされた土浦が口篭るのを、加地はそっと窓の外へ目をやることで視界から追い出した。

(ああ……今日もいい天気だなぁ……)
しっかりと学院の生徒らしくなっていく、加地だった。


[終]
作品名:ある愛の詩 作家名:秋月倫