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掌編『しあわせのカタチ』

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閑静な住宅街に建つ、古びた日本家屋。綺麗に手入れされた庭に面した縁側に、柔らかな日が差し込んでいる。
 時折吹く風が、何とも言えず心地よい、昼下がりの穏やかな時間。
 風に流れた葉が一枚、縁側に腰を下ろす男――菊の傍にひらりと落ちた。

 こんなにいい天気なんだから、あそこで俺様に膝枕をしろ。
 理由になっていないだろう。そう突っ込みを入れたくなる言葉でギルベルトに膝枕を強請られ、菊はそこにいた。
 大きな体を横たえて菊の膝に頭を乗せたギルベルト。印象的な瞳は今は閉じられ、整った白い顔が菊の目に映る。菊の小さな手は、膝の上に置かれた彼の頭をゆっくりと撫でていた。
 無造作に跳ねた淡い金の髪は、ギルベルトの気ままな性格を表しているよう。それは見た目に反して柔らかく、手触りがよい。
 細い指を髪に通し、頭の形をなぞるように手を滑らせる。外からの力に揺れて浮かぶ陰影が、少し菊を楽しくさせた。
「お前ってさ、俺の髪触るの好きだよな」
 しばらくした頃、ギルベルトが静かに口を開いた。
 先程まで閉じられていた赤紫の瞳はしっかりと開かれ、柔らかい視線を菊へと向けている。
「ああ、言われてみればそうですね」
 ギルベルトの髪を目にして自然と手が動いていたことに気付くと、菊はやんわりと微笑んだ。過去を振り返ってみても、彼は機会があればいつもこの髪に触れていた気がする。
「ギルベルト君の髪はふわふわでキラキラしてて、とても心地が良いのですよ。――もしかして、お嫌でしたか?」
 不快にさせてしまったのだろうか。そう思って手を引こうとした菊だったが、その動きはギルベルトの大きな手によって静止される。
「嫌だったらとっくに止めてんだよ馬鹿。お前に髪を触られるのは、俺も嫌いじゃない」
 だからそのまま続けろ。そう促され、菊はそっと手を戻した。
 髪を梳かすように指を入れて滑らせれば、感触が心地よいのかギルベルトは嬉しそうに目を細める。その様子に、菊は思わず小さく噴き出してしまった。
「なんだよ」
 剣呑な瞳でじろりと睨まれ、菊は慌てて口元を押さえた。しかし、その瞳はまだ笑みを浮かべたままだ。
「いえ、その」
 一瞬言いよどんだ菊だったが、続けろと促すギルベルトの瞳に楽しげに口を開く。
「貴方、とても気持ち良さそうな顔をなさっていて。その様子が何だか、毛並みの手入れをしているときのぽちくんの反応とすごく似ていたんですよ」
 それが微笑ましいと思ったのだ。そう言って彼は笑った。
 ふわふわの毛をした菊の愛犬。その淡い茶色の毛を梳いてやると、ちょうど今のギルベルトと同じように気持ち良さそうな表情を見せる。もっと撫でてくれ、と言われているようなそれは、菊の大好きな姿だった。
 笑みと共に本当に楽しそうに告げられた言葉に、ギルベルトは眉間に皺を寄せた。
「……俺はぽちと一緒かよ」
 唇を尖らせて子供のように彼は拗ね、菊はますます笑みを深くする。
「そんなに拗ねないでくださいな。でも、本当に似ていたのですよ。そうだ、もし良かったら今度写真に撮って見せましょうか?」
 重ねてそんなことを言ってしまうのは、彼の可愛らしさに年寄りの悪戯心が刺激されたからだろう。こんな風に子供っぽい姿を見せられるとつい、彼のことを息子や孫のように可愛いと思ってしまう。そんなことを言えば、今度は『子供扱いすんな!』と怒るのだろうけれども。
「馬鹿、やめろ」
 ふてくされ、ギルベルトはごろりと横を向く。その不自由な体勢のまま、彼は菊へとしがみついた。
 己の腰にしっかりと回された腕の温かさに菊は愛おしさを感じるが、背けられた顔は彼のことを見ようともしない。
 これは本格的に拗ねてしまったのだろうか。そう考えていた菊の瞳と、こちらを窺うようなギルベルトの瞳が合った。
 そして。
「お前も一緒に寝ようぜ!」
 ガキ大将のような笑みと、楽しそうな言葉が向けられる。
 菊の好きなその表情に、つい見惚れてしまって反応が遅れた。
 腰を引っ張られる感覚と唐突な浮遊感。覆い被さる影に暗くなる視界。混乱のため、菊はギルベルトの腕が外されたことにも気付けなかった。重力に逆らうこともできず、ただ倒れるに身を任せるしかできない。

 ごんっ。
「……っ!」
 鈍い音を立て、硬い木の上に落ちた頭。
 声にならない悲鳴を上げながら、菊は倒れた彼に覆い被さるギルベルトを睨み付けた。
「――ギルベルト君の、馬鹿」
 ずきずきと鈍い痛みを訴える後頭部を押さえながら悪態を吐けば、彼はによによと人の悪い笑みを浮かべている。
「お前油断しすぎだろ。そろそろ耄碌したのか? 俺をぽちと一緒にした罰だよ、馬ー鹿」
「ううう……」
 少しばかりからかいすぎた自覚のある菊は、ぽこぽこと小さく湯気を出しながらも強くは怒れなかった。
 頭の痛みと複雑な感情に、涙目でギルベルトを睨むが、彼は楽しそうに笑い続けるだけだ。

「……まあ、この程度ならば冷やさずとも瘤はできないでしょうねっ」
 それほどの高さでなかったことが幸いだった。しばらく我慢していれば、痛みも治まるだろう。ギルベルトがこういう人間だと知っていてからかった自分も悪い。
 諦めの溜息を吐いた菊の耳に、とと、と軽い足音が届く。
 そちらに視線をやれば、主の異変を聞きつけたのだろう愛犬が家の中から走り寄ってきていた。そのまま彼らの方へと近付いてきたぽちだったが、どこかじゃれあっている様子の二人にやれやれというように立ち止まる。
 その姿にギルベルトも気付き、先程とはうって変わった無邪気な笑みを浮かべた。
「ぽち、来いよ」
 わおん。
 応えるように一声鳴いた後、ふわふわの小さな体は軽い衝撃とともに彼の腕の中へと収まった。
「ぽちも一緒に寝るぜー」
 横になった菊の胸の上に頭を置き、ケセセ、とギルベルトは彼独特の笑い声を上げながらぽちを優しく抱き締める。丁度良い力加減なのだろう。ぽちも抵抗せずに大人しく抱かれていた。
 その愛らしい様子に菊の悪戯心が刺激される。
 また怒るだろうか。そんな風に思いながら、彼はギルベルトの頭へと手を伸ばした。
「うん?」
 突然の感触に驚いたのか、訝しげに顔を上げたギルベルト。
 その頭をそっと胸元に抱えるように手を動かし、菊はくすりと笑った。
「お揃いですね」
「だから、俺をぽちと一緒にするなって言ってるだろうがこの性悪爺」
 そう言いながらも、彼の声は柔らかい。
「一緒じゃありませんよ。ぽちくんは貴方みたいにムキムキしていませんから。ていうかちょっと重いですこの体勢」
「うっせえぞ爺」
 そう言いながらも、ギルベルトは菊の負担にならないようにと体を動かした。柔らかく彼を見つめる菊に、少し頬を赤く染めると恥ずかしそうに眼をそらす。
「寝るぞ」
「はい」
 ギルベルトはぽちを、菊はギルベルトを。それぞれに抱き締めながら、はふ、と欠伸をひとつ。

 暖かな縁側で、二人と一匹はゆっくりと目を閉じた。