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ホットコールド




寝苦しさを覚えて薄く眼を開けば、すっかり顔を出した朝陽が身体に降り注ぎ外から体温を上げていた。薄っすら汗ばんだ身を自覚して唸り、冷たい領域を探して寝返りを打つ。同時に猛烈な痛みが腰を襲い思わず身悶えた。

「うげ……」

出した苦痛の声はほとんど掠れていて聞き取れない。昨夜から日付を越えるまで散々臨也に好き放題されたんだから、それも仕方ない。日頃、余り構って貰えない寂しさを夜に押し付けたのは俺だからあいつが調子に乗るのも判った気がする。行為の最中はそんな事考えなかったんだが。
何も着ずに寝たはずなのに寝巻きが纏われていて少し混乱する。でも、腰は痛んでも違和感は残っていないので処理はしてくれたんだろう。全く覚えていないんだが。身体のべたつきも無いので朝方まで熟睡したのも頷ける。

「……?」

夏の朝は早い。すぐに陽が俺の部屋に差し込む所為でクーラーを付けたくなる衝動に駆られて身を起こすが、一緒に寝たはずの男の姿が見えなくて思わず布団を捲った。そこに居るはずないと判りながら。
お互い熱帯夜を過ごしたのは今日が特別、何の用事も無いからであったはず。休日は俺ほどではないが割りと遅くまで起きている事が多い臨也が居ないのが不思議で枕元の携帯を取った。

「えっと……っごほ、ぁー、喉痛ぇ」

何度か発音を確かめるように音を漏らし、同時にリダイヤルで呼び出す。俺の世界を犯す気配がしないから、家の中に臨也が居ない事は承知の上だ。五回コールした所で電話口に出た。

「臨也? 今何処にいんだ?」

急な仕事が入ったのだろうかと首を傾げたが、臨也は特に気にしていない体で朗らかに笑った。

『もう家の前。コンビニ行ってたんだ。牛乳切らしてたし』
「あ……悪い」

昨夕、学校から家に帰るなり残っていた牛乳を一気飲みして飲み干したのは他でもない俺だった。その替えを、図らずとも臨也に買いに行かせた事に罪悪感が芽生え素直に謝罪する。
だが臨也は電話の向こうでも判るくらいはっきりと嫌な笑みを浮かべ、それを裏付けるくらい性悪な笑い声をスピーカー越しに送ってきた。

『お礼は夜にいーっぱい聞かせてもらった声で良いよ』
「んなっ馬鹿かおま……ごっほ、げほ、……くっそー……」
『ああ、喉からからだねえ。あんなにあんあん言ってればそうなっちゃうよね、可愛いよ』
「帰ってきたら一発殴っぞ」
『えー、プリンあるのに』

何処かからかうような響きに、電話越しに睨んで身体をベッドに倒した。喉も腰も痛くて動きたくなかった。同時に玄関が開くような音がしたので「覚えてろよ」と何処か捨て台詞にも似た言葉をぶつけて電話を切る。
程無くして俺の部屋をノックもせずに臨也が入ってきた。片手のビニール袋に視線を向け、にやけ顔を貼り付けた表情にぶすっと臍を曲げる。

「外すっごく暑かったよ、嫌になるなあ」
「もう八月も終わるってのに……秋早く来ねえかな」

ぶつくさと呟く俺の隣に座ると袋からご所望のプリンとミネラルウォーターを出した。

「牛乳は?」
「冷蔵庫に直行。こう暑いと悪くなっちゃうからね」

流石に俺も生ものを部屋で飲む気はしなかったから別に良いんだが、臨也が水を喉に押し込んでいる姿をじっと見る。水滴の浮かんだ、見るからに冷たそうなそれ。からからの喉から手が出るほど欲しく、一区切りついた所で手を伸ばした。

「一口くれ」
「良いよ」

そう言ったのに臨也はまた自分の口に流す。なに意地悪してんだ、と唇を尖らせた所で胸倉を掴んで引き寄せられた。何をされるか一瞬で理解したんだが、脳からの指令を末端まで届けるのには間に合わなかった。
くちゅ、と水が漏れ出ないように臨也が俺の唇に吸い付く。水は欲しいんだがこういうやり方じゃねえんだと若干身を強張らせながらも、貪欲に水分を求める舌が素直に唇を割り開き、液体を喉に通す事を赦す。こくりと鼓膜を鳴らしながら、薄い唇から僅かに伝う水滴を吸う。引かれて上半身だけ前屈みになっていた体勢を直して近付いた。

「……もっと」

寝起きの俺には足りねえ、と目元に咲く朱色を見せ付けるように甘えれば臨也はそれを呑み込んで瞳の奥が判りやすく蠢く。
臨也の口を媒介にして俺に注がれる冷水は、喉が驚かない程度にぬるくなって僅かに熱を持つ。素直に呼気を漏らした俺に臨也は至近距離でにこりと笑う。

「ん……っん」
「美味しい?」

言われた言葉に首肯すれば嬉しそうに頬を震わせ、今度はただ触れるだけのキス。昨晩だって散々繰り返したそれに、満足する事は無い。満たされたら満たされた分だけまた隙間が出来るから。

「いざや……」

まだ喉の炎症が治まった訳では無いが、ぽつりと投げかければ口付けたままベッドに沈ませられる。火照る頬に臨也の手が添えられ、それに俺の手も重ねる。
唇の端から飲みきれず垂れた水滴を舌先で弄ぶ男に視線を合わせずに、ぶっきら棒な声を出した。

「き、のう……あんだけっ」
「シズちゃんが誘うからさ」

首に埋められた臨也の髪に指を通すと、机の上に置かれた存在をふと思い出して臨也の肩に手をかける。

「臨也、プリン……痛んじまう」
「クーラーつけときゃ大丈夫だよ、丸一日常温で放置する訳じゃないんだから」

全く意に介した様子の無い奴の態度が俺の意地っ張りを加速させた。

「俺は腹減ってんだ……プリン食わせろ」
「俺も減ってるからシズちゃん食べさせて」
「ふざけ」
「早く食べたいなら早くやっちゃおーねー?」

まるで幼稚園児を宥める大人みたいな顔をした臨也に軽く血管が浮きそうになるんだが、そうしたら余計に空腹になると、抵抗しても無駄だと悟った俺はがっくりと項垂れた。四肢の力が抜けたのを勝手に解釈した臨也が調子に乗るのに気付かず。

「……良い子だ」

緊張に乾いた俺の口内に臨也の舌が侵入する。水で冷えた舌が自分勝手に俺を嬲るが、先ほどとは違い潤されるどころか熱が上がって枯渇する……、ほらやっぱり。満足なんて出来やしなかった。




10キスは唐突にしよう
   (快楽が俺を貫く前に)

―――――――――――――――――――――ホットコールド

作品名:二頁 作家名:青永秋