セーラー服を着た悪魔
こんばんは、市川さん。
「今日は冷えるね」
そう言って上がり込んできた子どもの気配がいつもと違うことに気づいたのは、畳の部屋で入り口に背を向けて本を読んでいた市川の後ろに、彼が座った時だった。「何読んでるの」
「何読んでるの、じゃねえよ。アカギ、てめえ何着てやがんだ」
「まだ来たばっかだっていうのに、おれじゃなくておれが何着てるかが気になるの。助平なじじいだね、あんたって」
鼻で笑うような気配があって、あざ笑うようなせりふを吐いたばかりの自分を忘れたように市川の背にぴたりと体を押しつけ、赤木はまた笑った。子どもに不釣り合いな低い笑い声の振動が市川の腹に伝わる。振り払おうとした市川の腕を押さえ、赤木は市川の耳のすぐそばで言った。
「セーラー服。知ってる? 市川さん。学校で借りた」
赤木の声はどちらかといえば大きくない。耳元でささやくように(まるで市川をさげずむみたいに)紡がれる赤木の意志を伝える声は穏やかで、言葉こそ粗野であったが、耳のいい市川のすぐそばで語られるにしては、赤木は音量というものをよく知っていた。
彼は若いし、大きい声ももちろん出せるのだろうが、市川の知る限り赤木が声を荒げる場面には当たったことがなかった。と言ってもごく短いつきあいで、しかも赤木は気が向いたらふらりとやってくる猫のようなものだったので、彼がどういう子どもでどういう生き方をしているのかなんてことは市川が知るところではなかったのだが──もっとも、こんなガキの自分から雀荘に出入りさせ、やくざと代打ちの勝負なぞさせている親だ、ろくなものではないのだろうということ位は簡単に想像がついた。
来月の試験でヤマ当ててやるって言ったら、貸してくれたよ。
赤木はぽつぽつと思い出しながら話すようにして言った。赤木の口からそこらの子どもと同じような単語が出てくるのを聞くと、市川は尾てい骨のあたりに妙な違和感を覚えるのだった──まるで自分がとんでもない間違いをしているかのような気がする。
「今日は冷えるね」
そう言って上がり込んできた子どもの気配がいつもと違うことに気づいたのは、畳の部屋で入り口に背を向けて本を読んでいた市川の後ろに、彼が座った時だった。「何読んでるの」
「何読んでるの、じゃねえよ。アカギ、てめえ何着てやがんだ」
「まだ来たばっかだっていうのに、おれじゃなくておれが何着てるかが気になるの。助平なじじいだね、あんたって」
鼻で笑うような気配があって、あざ笑うようなせりふを吐いたばかりの自分を忘れたように市川の背にぴたりと体を押しつけ、赤木はまた笑った。子どもに不釣り合いな低い笑い声の振動が市川の腹に伝わる。振り払おうとした市川の腕を押さえ、赤木は市川の耳のすぐそばで言った。
「セーラー服。知ってる? 市川さん。学校で借りた」
赤木の声はどちらかといえば大きくない。耳元でささやくように(まるで市川をさげずむみたいに)紡がれる赤木の意志を伝える声は穏やかで、言葉こそ粗野であったが、耳のいい市川のすぐそばで語られるにしては、赤木は音量というものをよく知っていた。
彼は若いし、大きい声ももちろん出せるのだろうが、市川の知る限り赤木が声を荒げる場面には当たったことがなかった。と言ってもごく短いつきあいで、しかも赤木は気が向いたらふらりとやってくる猫のようなものだったので、彼がどういう子どもでどういう生き方をしているのかなんてことは市川が知るところではなかったのだが──もっとも、こんなガキの自分から雀荘に出入りさせ、やくざと代打ちの勝負なぞさせている親だ、ろくなものではないのだろうということ位は簡単に想像がついた。
来月の試験でヤマ当ててやるって言ったら、貸してくれたよ。
赤木はぽつぽつと思い出しながら話すようにして言った。赤木の口からそこらの子どもと同じような単語が出てくるのを聞くと、市川は尾てい骨のあたりに妙な違和感を覚えるのだった──まるで自分がとんでもない間違いをしているかのような気がする。
作品名:セーラー服を着た悪魔 作家名:tksgi