セーラー服を着た悪魔
「やってあげるよ、市川さん」
毎晩、市川は眠る前に指先に油をすり込む。目が使い物にならない市川にとっては、自分の指先と耳だけが生命線だ。赤木が先ほどやってきた時違和感を覚えたのも、多分彼が履いているのだろう、スカートのへりが畳を擦る音が聞き慣れなかったからだ。いつもなら、当然赤木は男の制服を着ている。ズボンとスカートの衣擦れの音を聞き分けられない市川ではなかったから、頭の中でセーラー服を着ている男子中学生を想像して、少しばかり嫌な気持ちになった。指や手のひらで探る赤木の体はやせて骨だらけだったが、スカートのふちから伸びた足が女の足に勝るはずもない、結局はそういうことだった。
市川の生命線であり、商売道具でもある指先の手入れをするのを見た赤木は、自分は全く手入れなど必要のないきれいな指先をして市川の手に触りたがった。あんたの手、夏頃から思ってたけどつめてえな。 猫がのどを鳴らすような仕草で赤木は笑い、ひからびかけた市川の手の甲にそっと爪を押しつける。子どもらしい指先だった。
かすめた指が赤木の着ている制服のどこかに当たる。ざらついた感触は夏から秋へ、冬へと切り替わる子どもの姿をまぶたの裏に描かせたが、それだけだった。赤木の顔がそこには当てはまっていない、赤木がどういう顔をしているのか、市川には解らないから。
「ほめてくれないの、市川さん」 まるで市川が考えていたことを見透かしたように、子どもが言った。「みんなはほめてくれたよ」
ばかなんじゃねえのか、てめえは。みんなって誰だ──さてね、フフ、気になるの、市川さん? 赤木は低い声で笑い、さっき自らの手で油をすり込んで滑りをよくした指先を噛んで、言った。
「なら触って確かめてごらんよ。アンタの手、目あきよりもずっと助平じゃないか」
作品名:セーラー服を着た悪魔 作家名:tksgi