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自転車競技部主将は、自転車競技での目立った成績を上げてはいないが、誠実で他人から慕われる人柄だ。その日の朝練後、部員たちの前でインターハイの出場メンバーと、それぞれの役割を告げたときも――つまり自分がメンバーではなく、そして一学年下の金城をエースとして優勝を狙うと話したときも――声を荒げるでなく、悔しさに喉を詰まらせるような風もなく、その目は穏やかに凪いでいた。

巻島はクライマーとして、田所は平坦地での牽引役として。
与えられた役割に強く頷きはしたものの、三年生たちが二年生に向ける眼差しは期待や信頼などと言った好意的なものばかりでないのを感じていた。特に深く主将を慕う三年生からは、敵意とまでは行かなくても、決して納得しきっていない視線が金城に向けられている。金城も気づいてるのだろうが、表向きはまるで普段と変わらない顔をして、短く「はい」と頷いただけだった。

その日の昼休み、何気なさを装って覗いた隣のクラスに金城の姿を見つけることはできず、巻島はガリガリと頭を掻いた。面倒ごとは嫌いなのだ、積極的に他人と関わろうとして、いい結果に終わったことがない。
けれどその男が、周りから思われているほど強くなどないということを巻島は随分前から知っていたように思う。だからこのとき――二年目の春が来て初夏が来て、三年生を差し置いて金城真護の名が総北のエースを背負うことになったとき。

巻島ははじめて、……自分が一人になるためでなく、屋上へ向かおうと思った。

気の利いた言葉をかけられる自信など、はじめからない。ただ、今の金城の姿を……おそらくたった一人であの風の吹く場所に佇んでいるだろう姿を、誰も知らないでいては駄目だと根拠もなく思う。
プレッシャーに押し潰されるような男ではない、エースの名に怯む金城ではない。むしろ与えられた役割を、期待された以上に果たそうと奮起するのが彼だろうと知っている。
けれどその重さは確実に肩に食い込むのだし、向けられるマイナスの感情に痛まない心などないのだと言うこともまた、知っていた。

金城が今あの場所にいるのなら、彼はいま一人になりたいということだ。今まで巻島と金城は、互いのそう言った思いを尊重して、あの場所にいるときは意識的に互いを放っておいてきた。同じ場所に存在していても、何かを抱えて屋上に来ているとき、金城と巻島は互いに一人ずつだった。
ただ、自分の中で何かに決着をつけてふと顔を上げたとき、そこにあの特徴的なアイウェアを、男子なら誰でも憧れる精悍な体格を見つけると――いつか、淡い安堵を感じる自分に巻島は気づいていた。この瞬間、自分は一人ではあっても孤独ではないのだと、そんな埒もない感情を。だから……だから。

散々迷った挙句、結局いつものスポーツドリンクを選んで買った。
自分の分と金城の分と、二本を抱えて階段を昇る。相変わらず屋上へと続く扉は重く、おまけに向かい風でも吹いているのか、いつもにも増して開けにくい。ようやく確保した隙間から身を滑らせて表に出ると、西の方には今にも雷雨を降ろしそうな灰色の雲がわだかまっている。頭上の空はどこまでも青く、太陽はどこまでも眩しく輝いているが、今日は夕立でも来るのだろうか。

歩を進めた屋上に、けれど人影はなくて。

巻島は一瞬、金城がここに来ているなどと思ったのは自分の大いなる勘違いだったかと眉を顰める。遙か足元の校庭から、昼練に励むサッカー部の掛け声が遠く聞こえた。
慎重に周囲を見回すと、給水塔の影がほんの僅かにいびつな線を描いているのにふと気づく。そうまるで――まるで屋上の扉からは死角になる場所に、誰かがひっそりと座り込んででもいるような。

出来る限り足音を殺して、出来る限り彼に気づいていない体を装って、その影のある方に回り込む。予想通り、そこに金城はいた。剥き出しのコンクリートに腰を落とし、巻島が近づいても微動だにせず胡坐を崩したような格好で西の空を見つめている。いつも通り濃い色のアイウェアに隠されたその双眸が、実際に何を見ているのかはわからないけれど。

薄い唇を、巻島は開いた。

「――…………」

ああ、思っていたよりもずっと、言葉は容易く零れ落ちてはくれないものだな……。
作品名:Missing 作家名:蓑虫