夢見の唄02
脱衣所を出て四木さんの元へ向かう。四木さんはベッド傍の大きな茶色いソファに腰掛けて本を読んでいたが、僕の気配に気づいたのか顔を上げた。手招きされて促されるまま、彼の隣に腰を落ち着けた。
「遅くなって、すいません」
「構いませんよ。それより、肩をお借りしてもよろしいですか」
「え?あ、はい。どうぞ」
言うや否や四木さんは僕の腰に腕を回して抱き寄せると、肩口に体重を預けて顔を傾けた。眼を閉じたその顔色に疲れが滲んでいるのを感じ取って、僕は四木さんの腕に触れる。
「あの、今日は、しないんですか?」
「今日は結構です。私も少し疲れましてね……年を取ると中々疲れも抜けないから困りものだ」
「お休みになるならベッドの方が……」
「いえ……今日はこのままで」
駄目ですか?薄目を開けた四木さんに問われ、僕は首を振る。四木さんは安心したように笑ってみせると、また眼を閉じた。
抱かれる事に抵抗が無いわけじゃい。一カ月近くたつけど未だに行為には慣れないし、痛いし、恥ずかしいし、苦しいし、怖いし。
でも、四木さん自身の事を僕はさほど嫌っていない。むしろ好きだと言ってもよかった。初めはお金欲しさに受け入れたバイトだけど、僕は次第に四木さんと共に過ごすこの時間に心地よさを感じるようになっていた。
辞めたいと言い出せないのも、それが理由だ。僕は四木さんが好きで、四木さんに一緒にいられる事が嬉しくて、隣に居る事を許されている事実に優越感のような気持ちを覚える。ぬるま湯のような、四木さんが与えてくれる甘い菓子のような優しさとまどろみと夢のような時間。それがどうしようもなく、心地いい。
「おやすみさい……」
四木さんの頭を肩ではなく膝に置くように動かしてから、僕は思う。
(いつか、四木さんの方から止めようって、言われる日が来るのかな)
そんな日が来る事は、抱かれること以上に怖い事のような気がした。