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Stuck

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二月十四日――――。
 それは年が開けてから一番最初に迎える世界的イベント『バレンタイン』。
 日本中の男女がこの日にだけチョコ一つで翻弄される日。
 女は送る楽しみ、男は貰う楽しみ。
 毎年激化するバレンタイン商戦の中、恋する女はいつでも真剣に想いを届けるチョコを選び出す。片想いは一粒一粒に気持ちを込め、少しでも相手の心に留まるように。両想いはより一層相手との仲が深まるように。
 そんなささやかな乙女の気持ちが交錯する日であるバレンタイン。
 勿論、女達が一斉に活気付くこの日を男達が気にしないはずもなく、貰うあての有る無しに関わらず落ち着かない一日を過ごすことになる。
 いくつになっても恋のときめきには冷静な思考なんて野慕なだけ。少しでも愛しい人の傍に居たいと願うのは男も女もみな同じ。見え透いたきっかけとはいえこれを期に行動に出られるということもある。普段は臆病でも小さな勇気を引き出してくれるイベント、それがバレンタイン。
 そんな恋に恋する乙女にも負けない夢見がちな乙女がここにも一人――――。




「跡部からチョコ欲しいわぁ……」
 悩ましい溜息を吐き、机の上で頬杖をつくのは忍足侑士。そして、その台詞と溜息をはからずも拝聴してしまった不運な男、向日岳人はそれはそれは嫌そうに顔を顰めた。
「あの跡部がそんなもん寄越す訳ないじゃん」
 いかにも『馬鹿?』な視線で射抜かれた忍足は不貞腐れたように唇を尖らせる。
「……やって、欲しいもんは欲しいんやもん」
「男が『もん』とかいうな。大体侑士はチョコなんて毎年大量に貰ってんじゃねえか。その上まだ欲しいのかよ」
 心底呆れたとでも云いたげな表情をする岳人に、忍足はチチチ、と指を振り小憎たらしく否定した。
「あかん、あかんなあ岳人。バレンタインのチョコ云うもんはな、好きな人から貰うから意味があるんよ。恋人から貰うチョコはそらもうこの世のあらゆる美食にも勝る、最後の晩餐に相応しい価値あるもんやねん。しかもそれがあの跡部から、というのがポイントや。プラチナプレミアムのチョコ、男なら一度は貰ってみたいやんか!」
 いや、オレ貰いたくねえし。
 岳人のささやかな反論など、恋に恋する忍足に届くはずもなく、一人握り拳を固め意気込む相棒を、岳人は日に日に遠く感じていく自分を止めることは出来なかった。
「でもその『跡部』やから難しいんよなあ……」
 しかしふと、固く握りしめていた拳をとき、忍足はぽつりと呟く。
 岳人はぽりぽりと頬を掻きながら、
「そんなにバレンタインしたいなら、侑士からあげればいいじゃん。少なくとも跡部からくれるっ てことは万に一つもないんだからさ。恋人同士ならどっちからあげてもおんなじだろ?」
 至極もっとも、かつ建設的な意見を述べた。が、またもや忍足は否定的に首を振る。
「そういう意味やないねんガックン。普通、チョコは女から男、彼女から彼氏に渡されるものや。俺はな、そんな普通の彼氏彼女的な幸せを跡部と味わいたいねん!」
 と力説し、すぐに我に返っては「やーもう『跡部が俺ん彼女やー』なんて云うてもたー」と照れて顔を赤く染める乙女っぷり。岳人はこんな相棒に慣れつつある最近の自分を哀れに思った。
「んじゃ、お願いしてみればー?あの跡部がそう簡単にくれるとは思えないけど」
 次第に投遣りな受け応えになる自分を誰が責められるだろう。そんな心境で、それ以上その話題には付き合わないというポーズを取って、岳人は話を切り上げた。残るは見捨てられ情けない顔をした忍足一人。
(頼んでみろ云うたかて、あの跡部が云うこと聞くわけないやんかあ)
 恋は盲目とはいえさすがに好きな相手のことは思考も趣向も網羅している忍足である。それがどんなに難しいことであるのか、誰に云われずとも自分が良く判っていた。
(けど、欲しいもんは欲しいんやもん……)
 恋人が出来た時のささやかな夢の一つである。それを判ってくれとは云わないが、願うことさえ 無理なのだろうか。跡部相手に。
 忍足は考えた。
 いかに手を尽そうとも相手はあの跡部景吾である。遠回しにしようが変化球で攻めようがきっと あっさり振り捨てられるのがオチだ。その可能性は限り無く高く、またそうあしらわれる自信があった。
(せやったら、方法はただ一つ――――)
 忍足は新たな決意を胸に秘め、本番十四日の段取りを考え始めたのだった。




 そして十四日当日。
 忍足は寒風吹き荒ぶ中、嫌がる跡部をライバルである女子群から引き離し屋上へと連れ去って来た。
 北風はやや強いものの空は快晴、絶好のバレンタイン日和である。
 忍足は、屋上のちょうど中央部に仁王立ち、正面にある跡部の顔を心ときめかせながら気合いを入れて上目使いに睨んだ。
「――――と、云う訳で」
「あ?」
「バレンタインのチョコをください!」
 お願いします、と深深とお辞儀をし右手を差し出した。
 直球である。なんの捻りもない見事なほどの超速球ストレートでダイレクトに願い出る。
 これは忍足が考えた末の作戦だった。少々根がひねていて頭も良い跡部には、変に凝って遠回しに催促するよりも、直接要求を伝える方が何倍も成功の確率が高い。いつも気付かれないよう小出しで申し出て、断られたことは一度もなかった。だから今回も大丈夫だと妙な確信と期待を込めて返事を待ったのだが……。
「断る」
 跡部はにべもなかった。
「えええええっ?何でえなあ!」
 あてが外れた事と、あっさりと断られたショックでつい大声で責めてしまった。しかし、そんな忍足の態度など予想の範疇なのか、跡部は耳に手を当て絶叫を遣り過ごした後、白々とした表情で
「なんで俺様がそんなもんお前にやらなきゃならねえんだよ」
 と吐き捨てた。
「何で、て跡部は俺の彼女やんか!」
 跡部の言葉ですでに泣きそうな顔で自分を見つめる忍足にやや怯みながらも、云い分は撤回しない。
「そんなもんになった憶えは一切ねえよっ。つかそんなにしたいならお前が俺に寄越せよ。そしたら貰ってやらんでもねえ」
 以外に早く、跡部は跡部なりに出来る範囲の譲歩はして見せた。が、相手はあの夢見る忍足である、そんな甘いことでは納得しない。
「イヤや!俺は跡部から貰いたいんや。それが俺の夢やねん。来年からは俺からあげるのもええけど、恋人になって最初のバレンタインくらいは跡部から欲しいんよっ」
 まるで駄々っ子のようにいやいやを繰り返す忍足に、跡部の決して長くはない忍耐力が切れ掛ける。
「幼稚園のガキか貴様!たかがチョコじゃねえかっ、菓子屋の戦略に乗せられてんじゃねえよ。そんな恥ずかしいこと、俺は絶っ対やらねえったらやらねえからな!」
 幼児返りを起こした忍足に釣られるように跡部までもがムキになって怒鳴りつけた。それを受けた忍足はぐむむ、と言葉に詰まり頬を赤くして力いっぱい不満気に黙り込む。
 跡部はそんな忍足に負けまいと同じように睨みつける。
 一触即発。不気味な静寂が支配する場を破ったのはくぐもった声音で要求を撤回する忍足だった。
「判った。跡部がそこまで嫌や云うんやったらもうええわ。チョコは諦める」
作品名:Stuck 作家名:桜井透子