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Stuck

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 ちっとも判ってないような顔をしておいて諦めるという忍足を少し不審に思いながら、それでも言質を取ったことで跡部の表情に安堵が浮ぶ。
「それなら最初から……」
「チョコは諦める。けど替わりに跡部からちゅうしてくれへんと許さへん」
「なっ?」
 一瞬、何を云われたのか判らなかった。けれど、ゆっくり反芻すると、チョコよりも更に恥ずかしい要求を強請られたことに気付き、愕然とする。
「はあああああ?お前、何云ってんのか判ってんのか?」
「当たり前やろ。俺の長年の夢を叶えてやらん云うたん跡部やんか。ほなら譲歩したるさかいにこれくらいのことはしてくれへんと割りに合わへんやろ!」
 あまりと云えばあまりの要求に、跡部は怒りを通り越し脱力してしまう。
 一体なぜこんなことになったのやら。跡部は腕を組んでふてぶてしく立つ忍足をつくづくと眺め、深い、深い溜息を吐いた。
(馬鹿馬鹿しい)
 正直なところ、そんな心境だ。跡部は、ちろり、と忍足を窺い見る。忍足は口では怒っているような口振りではいたが、本当は哀しさと悔しさでいっぱいに違いない。そんな眼をしている。
 本当は、チョコをあげることも自分からキスをすることもさして問題ではないのだ。忍足が本当に望むのなら、それを叶えてやるのもやぶさかではない。しかし、こう改まってこられると、はっきり云って、引く。
 普段から忍足の乙女思考振りには散々振り回されているものの、自分が本当に嫌だと思うことは要求されたことはなく、今回の件も、まあ果てしなく恥ずかしいことではあるけれど大したことでもない。なら何故素直に叶えてやらないのかと云えば。
(何でもかんでも云うこと聞いてやると思ってたらむかつくじゃねえか)
 要するに、そういうこと。
 確かに、自分にとっては大したことではなくても、相手に都合の良いように思われていたら癪。そういう子供じみた感情で、どうにも素直になれない。
 跡部は、自分のそういうつまらない理屈で忍足を哀しませている自覚があるため、どうも分が悪い。いい加減このくだらない争いにも飽きてきた処だし、折れてやってもいいか、とぼんやり考えるがこのまま何もしないまま要求を呑むのもいかがなものか……。
(タダで折れてやるのは面白くねえよなあ?)
 その分こちらも楽しませて貰わないと。
 跡部は、すうっと静かに息を吸い込み吐き出した。そして、ずっと一直線に自分を見つめて離さない忍足を見返し、ひどく酷薄な笑みを浮かべて云い放った。
「そこまで云うんだったらしてやらねえでもないぜ?ただし、条件があるがな」
「じ、条件ってなんやねん……」
 緊張でごくりと固唾を呑みこむ忍足を、跡部は面白いものを見るように眺める。
「俺様からのキスが欲しければ、『寿限無寿限無、五劫のすりきれ、海砂利水魚の水行末、雲来末、風来末、食う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助』を早口で五回唱え尚且つ三回廻ってワンをし、そしてこの場で俺様を褒め称え崇め奉る例文を十個云えたらしてやるよ」
 跡部はこれでもか、というほど低次元な条件を並べ立て、さあ、やってみろと云わんばかりに得意げに顎を反らした。
 はっきり云って、これを真に受けたらただの馬鹿である。
 云った跡部もさすがにこれはないだろう、と思いながらの条件だったのだが、そこはそれ、忍足にとってこの程度のものは条件にすらならない。だから躊躇いもなく復唱し始めた。
「寿限無寿限無、五劫のすりきれ、海砂利水魚の水行末、雲来末、風来末、食う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポ……、て待てコラア!なんで逃げるんっ?」
「逃げるに決まってるだろうがっ!何でそうあっさり出来るんだよっ」
 跡部は迷いなく唱え始めた忍足を残し、屋上を去ろうとした処を間一髪忍足に引き止められて舌打ちをした。二人は扉を挟んで内と外の引き合いをしている。お互い歯を食い縛って鬩ぎ合って一歩も譲らない。
「そんなん当たり前やんかっ、お前からのちゅうが貰えるんやったらあれくらいのことなんぼでもやったるわ。男の純情なめんなよ!」
「アホか!そこまでして欲しいのかよ。お前にはプライドってもんがないのかっ?」
「そんなん、とっくに手放したわっ。お前が手に入るっちゅー時に余計なもん持ってたら捕まえられへんやろが。ええか、よう聞いとけよ。俺はなあ、お前さえ傍に居ってくれたらそれでええねん。他はどうでもええし何もいらん。せやから俺から逃げんとってっ……うわっ」
 突然内側から力が抜けたため、忍足は力の作用に従い扉に大きく振り払われ尻餅をつく。
「あ、あいたたたたた…………」
 強打した腰を涙目で擦りながら、近付いてくる跡部をきっと睨んだ。
「酷いやないかっ!いきなり手をはな――――」
 最初に認識したのは、暖かい人肌。そして柔らかな感触。
 たった今の急な展開に脳の思考がストップしてしまう。目の前に映るのは、近付き過ぎてピントがぼやけた跡部の長い睫毛。肌理細やかな肌。白く薄い瞼。
 重ね合わせた唇から忍びやかに舌が滑り込み、口内をかき乱した。生々しく、そして官能的に動くその息遣いに煽られて、忍足も貪欲に跡部を捕らえることに集中し始める。
 一度も唇を離さないまま、互いを貪るだけ貪って、呼吸困難のくらりとした眩暈を余韻として味わった。
 どちらともなく、興奮で甘く潤んだ視線を重ね合わせ、忍足は視線だけで、何故?と問う。
 跡部は幾分落ち着いてきた息を整えた後、面白くなさそうに眼を眇めた。
「――――好きなのはてめえ一人だけだとか思ってんじゃねえぞ」
 ボソリと、聞き取り難いほどの囁きが耳に届き、忍足は驚きに眼を瞠る。
「跡部……?」
 跡部は掴んでいた忍足の襟元を離し踵を返した。そしてゆったりとした優雅な動作で、一度も振り向かずに歩き去る。
 今度こそ取り残された忍足は、最初ぽかん、と呆気に取られた表情をしていたが、時が経つにつれて次第に頬が赤く染まり口元が緩みだした。最終的には自分の他に誰も居ないというのに、だらしなく綻んだ顔を見られまいと両腕で顔を隠す。蹲り、固く身体を曲げて、必至に笑いを押さえ込んだ。しかしどうにもこうにも衝動は収まりそうになくて、忍足は諦めて隠していた顔を曝け出し、白く蒼い空を眺めて呟いた。

「だから跡部が好きやねん」




 負けだ。ものの見事に完敗。勿論、いつも自分は君に勝てやしないのだけれど。
 その言葉を吐く時、自分がどんな顔をしていたのか君は知っているのだろうか。その瞳が、声が、どれほど堪えた情動を映し出しているのかを。
 何時もは何も語らない君だけど、ふとした時に思い知らせてくれるから、片時も眼が離せないし手放せない。


 今更逃がしてやる気も、ないけどね。
作品名:Stuck 作家名:桜井透子