動物の王国
天翔ける、黄金に輝くアメストリスの神鳥。
それは王国の創生のおり、精霊達により使わされた守護鳥であった―――。
姿見の大鏡に映し出された自分の姿に、エドワードは唖然とするしかなかった。
お披露目の為に、大広間に集まった大勢の親族、家臣一同も声すらなく、ただ呆然と第1王子エドワードを見つめていた。
やがて、沈黙を破るかのように大広間にクスリと笑う声が漏れる。
その声はホーエンハイムの妹、すなわちエドワードにとって叔母にあたるダンテのもので。(ちなみに変化後はシャムネコ)
彼女は口元を扇で隠しながら、肩を振るわせ言ったのだった。
「まあ、本当にお可愛らしいお姿ですこと……」
かあぁぁぁとエドワードの頬に羞恥の熱が灯る。灯るのだが、周りにはその変化は分からない。というか見ることが出来ない。
だって、羽毛に隠れてしまっているから。
「に、兄さんっ、とっても可愛いよ!! 本当に! 僕ネコが良いなぁ~なんて思っていたけど、ヒヨコもとっても良いよっ!!」
ひよこ!?
そう、エドワードの変化は、掌サイズが愛らしいふかふかの【黄色ひよこ】だったのだ。
弟のアルフォンスが慌てて駆け寄り抱き上げようとしたが。
「ぴいぃぃぃ~~!!」(訳:うわあぁ~~ん!!)
いきなりエドワードは鳴(泣?)きながら走り出した。それも全力疾走で。
アルフォンスに続き皆も抱き上げようとしたのだが、如何せん相手は小さなヒヨコ。力加減を間違えれば大怪我をさせかねない。
しかも、ヒヨコといえどエドワードだ。その走りっぷりは最早ひよこのスピードではなく。なのに、ぴいぴいと鳴きながら足元をちょろちょろと走られては、もう踏まないように避けるのが精一杯で。
「危ないっ!」
「うおっ!」
「踏んじまうっ!」
なんて大混乱のあげく、黄色ひよこが人々の合間を抜けて大広間から出て行くのを、全員が大騒ぎしながら見ているだけになってしまったのだ。
ざわめく大広間に、ホーエンハイム王の落ち着いた声が響く。
「あぁ、皆さん。心配はありませんから……」
「し、しかし陛下。すぐに捜索隊を」
「大丈夫、そんなに大袈裟にしてしまっては、かえっていけない」
「しかし…」
「大丈夫だから、皆はこれにて解散。分かったかな」
王にそう言われれば仕方がない。皆渋々大広間を出て行く。
だがそのなかで、一人だけホーエンハイム王に振り返る者がいた。
ロイ・マスタングである。
彼は、口元にうっすらと笑みを浮かべて大広間を出た。
「まあ、大勢でいくより彼が一人で迎えに行くほうが良いだろう」
それにしても。
エドワードが、アメストリス王国の第1王子の変化が、―――黄色ひよこだったとは。
「わが子ながら、…………………可愛すぎる。なあ母さん」
「えぇ、本当に困ってしまう程に」
「僕、一段と兄さんの身が心配になっちゃうよ」
うんうん、あんなに愛らしいのだ。諜報活動で外に出したら逆に攫われてしまうかも知れん。それは困ったな忌々しき事だと、本気で悩むホーエンハイム王御一家であった。
「ぇ…うぇ、えっうう…」
姿を元に戻したエドワードは、誰もいない湖のほとりでぐしぐしと一人泣いていた。
恥ずかしくて悲しくて。
あんなに期待してくれた家族に家臣、全国民に会わせる顔がない。
そして、―――ロイ。
ここは、ロイが剣にかけて誓ってくれた、二人だけの聖なる場所。あんなにも嬉しかったあの日の言葉が、今はただ哀しい。
『成人の儀で、君に正式に求婚するよ』
「だ、だめだよ…ひ、ひよこなんて、ふぇ…ロイと、ロイともう…一緒になんかいられないよぉ」
「それは酷いな」
いきなり背後からした声。振り向く間もなく抱きしめられて。
「私と一緒にいてくれないなんて、君はなんて酷い事をいうのかな?」
耳元で囁くような甘いテノールの声が、エドワードに注がれる。
「だ、だって…俺、あんたに、少しも……相応しくない…」
自分で言った言葉に自分で傷ついた。胸が張り裂けそうだ。
ぽろぽろと、エドワードの金色の瞳からとめどもなく涙が流れてしまう。
「どんな姿でも君は美しい。どんな時でも君は愛らしい。何時でも私の傍にいるのは……君だけだ、エドワード」
だから、泣くことなんてない。
ほら、こっちを向いてごらん。
「う、ふぇ…」
ゴシゴシと腕で擦ってしまって、エドワードの目元は真っ赤だ。顔をロイに見られたくないのか、更に両手で目元を擦りだす。
「ダメだよ、エドワード。かわいい顔に傷がついてしまう」
そっとエドワードの両腕を握って、顔が見えるように下ろす。
目元に頬にと、涙の後を追うようにロイのくちづけが優しく繰り返されていく。
それは、とてもゆっくりで温かな時間。
ようやく泣き止んで、ロイの胸に顔を埋めていたエドワードが拗ねたように呟く。
「同じ鳥でもさ……この王国に伝わる伝説の神鳥と大違いだ…かっこわる」
「おバカさんだね。私には君の姿が金色に輝く、それはそれは眩いひよこに見えたよ。しかも、あまりの可愛らしさに食べてしまいたいくらいだった」
「たっ、食べるって!?」
「もちろん、私はいつでも君を食べたくて仕方がないのだけどね」
なかなか素晴らしい忍耐だと思わないかい?
でももう成人の儀が終わったのだから、お預けはおしまいだよ。
ぽぽんぽんぽんっと、エドワードの顔中が真っ赤になる。
「今度は、私達の婚礼の儀だよ、エドワード……」
真っ赤なまま、こくこくと頷く愛しい恋人をロイは抱きしめた。
君は、私だけの神鳥だよ―――。
やがて3年後、神々しい光の中で、エドワードは更なる変化を遂げる事になる。
そして、国中の人々はアメストリス王国に伝わる【黄金に輝く伝説の神鳥】を見ることになるだろう。
でもそれは、まだもう少し後のお話。
おわり