アイスクリームシンドローム
ベタベタに溶けたアイスクリームは嚥下しきれない感情と似ている。
長くて暑い夏がまた今年もやってきた、青い空には入道雲が背を比べるように並ぶ、容赦ない日差しと蒸し風呂のような湿度はじわじわと体温と水分を奪っていく。
帰り道、彼奴は今日も首のない彼女を好きで好きでしょうがないと言う。俺は苦笑しながら喉元まで出かけた言葉を飲み下して親友の振りを続けた。苦笑しながら時折つっこみを入れて表面上では取り繕い、親友のポジションを演じる。心の中では、そんな奴より俺の方がずっとお前の事が好きだよと言いたくなってまた言葉を飲み込んだ。
数少ない友人である新羅を好きだと気づいてから何年が経っただろう。手元にあるバニラのアイスクリームはドロドロに溶けていた。 溶けたアイスクリームなんて食えたものじゃない、木製のスプーンで掬ってぺろりと舐める。
「・・・まずい」
そのドロドロに溶けたアイスクリームが何故だか自分の抱えた気持ちのように思えた。
夏は続いていく、今日も俺は親友のポジションで彼奴の傍で辛い気持ちを抱えていた。
「だいじょうぶかい?」
「・・・しんら」
小学校、平和島静雄にとって岸谷新羅はちょっとしたヒーローだった。誰もが恐れて怖がれ離れていく中で化け物みたいな自分に唯一屈託なく接してくれるのが新羅だった。差し伸べられる手を乱暴に掴んでは痛がるだけで離れない事に安堵して泣いたのは何度だろう。
「怪我、みてあげるよ。もうなおってても消毒はしないとね。ばい菌が入ったらいくら君でも危ないよ」
まだ弱く化け物としての己を受け入れるまで間の新羅は紛れも無くヒーローだった、怪我の手当をしてこれで大丈夫だと貼ってくれた絆創膏がどれ程、温かく感じたのが忘れた事はない。いつでも使っていいからと手渡された絆創膏のうちの一つは使われる事もなく、今も静雄の勉強机の棚にそっとしまわれている。
放課後、教室で新羅と向き合っていた、この時間が何よりも好きだと言ったら彼奴はなんと思うだろうか。真剣な顔でプリントをやっつける彼奴を盗み見る、眼鏡の下、童顔な割に綺麗な顔をしている事に気づいたのはいつだっただろう。このまま時間が止まってしまえばいいのに。 新羅を独り占め出来るこの時間が。
静雄や臨也たちと並ぶと一、見地味かもしれない新羅だがその実、静雄の次に長身でしっかりとした体付きをしている。着やせしやすいタイプなのだろう、露出も少なく制服もきっちりと着こなす方だからわかりにくいが傍にいたからわかる。中学時代は一旦、離れたがそれでも見間違える事はない。
さぁ、と風が入ってくる。教室の白いカーテンを膨らませ、新羅の癖のある髪の毛を揺らした。
セピア色に染まる世界に目が眩む、勉強なんて手がつくはずがなかった。
「なぁ」
「うん?どうしたの」
「・・・いや、なんでもねぇ」
向き合うと途端に臆病になる、打ち明けられないまま格好もつかないまま押し黙る。
結局その日も誤摩化して言いたい言葉を飲み込んだ。
私は狡いのかもしれない、親友というポジションに甘えて口にするのは愛しい彼女の名前だ。首の無い可愛い女(ひと)、俺の憧れであり俺の想い人。なのにどうしてだろう、化け物と呼ばれた親友と話していると彼の気持ちを試す様にあえて彼女の事を話す様になったのは、本当は彼が誰を思っているかなんて嘘をつくのも下手な化け物みたいな彼が自分の事を好きなのをわかっていて俺は彼女の事を口にする。
あぁ、私は酷い男なんだろうな。ごめんね静雄、でもどうしてだろ。セルティの事を話して君が困った顔をする。それにどこかで安堵するのだ。何故だろうね。そうして何度、君を傷つけたら気が済むのだろう。
関係は実にフラットだ、相談しやすいと言って恋愛トークを投げかけては彼の手の中でベタベタに溶けるアイスクリームがまさしく彼の気持ちなんだろうと察するに容易かった。
「君らの関係ってホント面倒臭いよねぇ」
「否定はしないよ」
涼しい顔でさらりと言えば、目の前の男が一瞬、呆気に取られて次にはにやりと笑い出した。前の席の椅子に座って体ごとこちらを向いたまま、黒い学生服に黒い髪。まるで鴉のような青年はだからこそ人というものは面白いと自嘲気味に笑い出した。彼に合わせて苦笑する、どうしてこうなったのか。我ながら己の歪みがおかしい。
陽炎の中でぼんやりと佇む、視線の先には不器用な僕らが立っているのにぼやけた世界の中でもまっすぐ伸びた背と脱色を繰り返した金色の髪。こんな世界でも君は歪まないで立っているのだ。それが憎らしくてまた逢いたくてたまらなくさせた。
「セルティと付き合う事になったんだ」
太陽は暑く照る、白いワイシャツにまで汗が滴った。来神高校を卒業した後は制服からバーテン服と白衣に変わったがそれでも夏は暑い。ジメッとした自分のようでいつまでも乾かない。薄々、そうなるだろうとは思っていたがとうとう長年の初恋を新羅は実らせる瞬間がやってきた。この日が来ない事をどれだけ願っていただろう。そうか、おめでとうとだけ返事をしたのは覚えている。あとの事は覚えていない。
ひたすら歩いて逃げ込んで入ったコンビニでミネラルウォーターを飲もうと思っていたはずなのに目についたのは懐かしいコミックだった。昔、学生だった頃に新羅と一緒に回し読みして盛り上がった漫画だ。懐かしさと歯痒さで胸が痛む、連絡してやりたくてさっきの残酷すぎる宣告が棘のように刺さって痛んだ。
お前がいればどうだっただろうか、一緒に懐かしいって笑ってくれるんだろうな。
もう何年演じている親友としてのキャスティング、
距離感はいいんだが本音を言えばつらくてたまらなかった。
旧友が長年の初恋を実らせたのを知り、新羅が鍋に誘ったメンバーを中心に彼らの結婚式を行なう事になった。セルティは戸籍もないが二人のためにと企画されたささやかな祝宴は賑やかに終わった。白いタキシードの新羅とウェディングドレス姿のセルティは首なんかなくたって綺麗でその姿を眺めていた美香は涙ぐんで誠二が慰めていた。
和やかな宴に酔いしれるように皆はワイワイと騒いでいた、鍋には参加しなかったが結婚式にはさすがの臨也も招待を受けたようだった。ブランドものスーツを着て俺の前にさぞ愉快そうに笑った顔を晒したかと思うと何も言わず、ただ黙って肩をポンとだけ叩いて去って行った。ひと言でも何か言ったらぶん殴ってやろうと思ったのに何も言われず向けられた笑顔が少し気遣いがちに見えて苦笑した。
柄にもなく酔い過ぎただろうか、弟と上司にひと言言い、煙草を吸うがてら外の空気を吸いにテラスへと向う。夜の冷たい空気はアルコールで火照った体を少しは冷やしてくれた、胸ポケットから煙草を取り出してライターで火をつける。肺いっぱいに吸い込んだ紫煙に安堵した。
トムさんから借りたこういった式場用のスーツは静雄に似合うようシックな黒で抑えられ、派手さはあまりなかったがワックスで撫で付けたオールバックに近い髪型は普段の自分には不似合いな気がした。暑さでボタンとネクタイを緩めるとワックスで固めた髪を撫でて下ろした。
「今日は来てくれてありがとう」
「新羅・・・」
長くて暑い夏がまた今年もやってきた、青い空には入道雲が背を比べるように並ぶ、容赦ない日差しと蒸し風呂のような湿度はじわじわと体温と水分を奪っていく。
帰り道、彼奴は今日も首のない彼女を好きで好きでしょうがないと言う。俺は苦笑しながら喉元まで出かけた言葉を飲み下して親友の振りを続けた。苦笑しながら時折つっこみを入れて表面上では取り繕い、親友のポジションを演じる。心の中では、そんな奴より俺の方がずっとお前の事が好きだよと言いたくなってまた言葉を飲み込んだ。
数少ない友人である新羅を好きだと気づいてから何年が経っただろう。手元にあるバニラのアイスクリームはドロドロに溶けていた。 溶けたアイスクリームなんて食えたものじゃない、木製のスプーンで掬ってぺろりと舐める。
「・・・まずい」
そのドロドロに溶けたアイスクリームが何故だか自分の抱えた気持ちのように思えた。
夏は続いていく、今日も俺は親友のポジションで彼奴の傍で辛い気持ちを抱えていた。
「だいじょうぶかい?」
「・・・しんら」
小学校、平和島静雄にとって岸谷新羅はちょっとしたヒーローだった。誰もが恐れて怖がれ離れていく中で化け物みたいな自分に唯一屈託なく接してくれるのが新羅だった。差し伸べられる手を乱暴に掴んでは痛がるだけで離れない事に安堵して泣いたのは何度だろう。
「怪我、みてあげるよ。もうなおってても消毒はしないとね。ばい菌が入ったらいくら君でも危ないよ」
まだ弱く化け物としての己を受け入れるまで間の新羅は紛れも無くヒーローだった、怪我の手当をしてこれで大丈夫だと貼ってくれた絆創膏がどれ程、温かく感じたのが忘れた事はない。いつでも使っていいからと手渡された絆創膏のうちの一つは使われる事もなく、今も静雄の勉強机の棚にそっとしまわれている。
放課後、教室で新羅と向き合っていた、この時間が何よりも好きだと言ったら彼奴はなんと思うだろうか。真剣な顔でプリントをやっつける彼奴を盗み見る、眼鏡の下、童顔な割に綺麗な顔をしている事に気づいたのはいつだっただろう。このまま時間が止まってしまえばいいのに。 新羅を独り占め出来るこの時間が。
静雄や臨也たちと並ぶと一、見地味かもしれない新羅だがその実、静雄の次に長身でしっかりとした体付きをしている。着やせしやすいタイプなのだろう、露出も少なく制服もきっちりと着こなす方だからわかりにくいが傍にいたからわかる。中学時代は一旦、離れたがそれでも見間違える事はない。
さぁ、と風が入ってくる。教室の白いカーテンを膨らませ、新羅の癖のある髪の毛を揺らした。
セピア色に染まる世界に目が眩む、勉強なんて手がつくはずがなかった。
「なぁ」
「うん?どうしたの」
「・・・いや、なんでもねぇ」
向き合うと途端に臆病になる、打ち明けられないまま格好もつかないまま押し黙る。
結局その日も誤摩化して言いたい言葉を飲み込んだ。
私は狡いのかもしれない、親友というポジションに甘えて口にするのは愛しい彼女の名前だ。首の無い可愛い女(ひと)、俺の憧れであり俺の想い人。なのにどうしてだろう、化け物と呼ばれた親友と話していると彼の気持ちを試す様にあえて彼女の事を話す様になったのは、本当は彼が誰を思っているかなんて嘘をつくのも下手な化け物みたいな彼が自分の事を好きなのをわかっていて俺は彼女の事を口にする。
あぁ、私は酷い男なんだろうな。ごめんね静雄、でもどうしてだろ。セルティの事を話して君が困った顔をする。それにどこかで安堵するのだ。何故だろうね。そうして何度、君を傷つけたら気が済むのだろう。
関係は実にフラットだ、相談しやすいと言って恋愛トークを投げかけては彼の手の中でベタベタに溶けるアイスクリームがまさしく彼の気持ちなんだろうと察するに容易かった。
「君らの関係ってホント面倒臭いよねぇ」
「否定はしないよ」
涼しい顔でさらりと言えば、目の前の男が一瞬、呆気に取られて次にはにやりと笑い出した。前の席の椅子に座って体ごとこちらを向いたまま、黒い学生服に黒い髪。まるで鴉のような青年はだからこそ人というものは面白いと自嘲気味に笑い出した。彼に合わせて苦笑する、どうしてこうなったのか。我ながら己の歪みがおかしい。
陽炎の中でぼんやりと佇む、視線の先には不器用な僕らが立っているのにぼやけた世界の中でもまっすぐ伸びた背と脱色を繰り返した金色の髪。こんな世界でも君は歪まないで立っているのだ。それが憎らしくてまた逢いたくてたまらなくさせた。
「セルティと付き合う事になったんだ」
太陽は暑く照る、白いワイシャツにまで汗が滴った。来神高校を卒業した後は制服からバーテン服と白衣に変わったがそれでも夏は暑い。ジメッとした自分のようでいつまでも乾かない。薄々、そうなるだろうとは思っていたがとうとう長年の初恋を新羅は実らせる瞬間がやってきた。この日が来ない事をどれだけ願っていただろう。そうか、おめでとうとだけ返事をしたのは覚えている。あとの事は覚えていない。
ひたすら歩いて逃げ込んで入ったコンビニでミネラルウォーターを飲もうと思っていたはずなのに目についたのは懐かしいコミックだった。昔、学生だった頃に新羅と一緒に回し読みして盛り上がった漫画だ。懐かしさと歯痒さで胸が痛む、連絡してやりたくてさっきの残酷すぎる宣告が棘のように刺さって痛んだ。
お前がいればどうだっただろうか、一緒に懐かしいって笑ってくれるんだろうな。
もう何年演じている親友としてのキャスティング、
距離感はいいんだが本音を言えばつらくてたまらなかった。
旧友が長年の初恋を実らせたのを知り、新羅が鍋に誘ったメンバーを中心に彼らの結婚式を行なう事になった。セルティは戸籍もないが二人のためにと企画されたささやかな祝宴は賑やかに終わった。白いタキシードの新羅とウェディングドレス姿のセルティは首なんかなくたって綺麗でその姿を眺めていた美香は涙ぐんで誠二が慰めていた。
和やかな宴に酔いしれるように皆はワイワイと騒いでいた、鍋には参加しなかったが結婚式にはさすがの臨也も招待を受けたようだった。ブランドものスーツを着て俺の前にさぞ愉快そうに笑った顔を晒したかと思うと何も言わず、ただ黙って肩をポンとだけ叩いて去って行った。ひと言でも何か言ったらぶん殴ってやろうと思ったのに何も言われず向けられた笑顔が少し気遣いがちに見えて苦笑した。
柄にもなく酔い過ぎただろうか、弟と上司にひと言言い、煙草を吸うがてら外の空気を吸いにテラスへと向う。夜の冷たい空気はアルコールで火照った体を少しは冷やしてくれた、胸ポケットから煙草を取り出してライターで火をつける。肺いっぱいに吸い込んだ紫煙に安堵した。
トムさんから借りたこういった式場用のスーツは静雄に似合うようシックな黒で抑えられ、派手さはあまりなかったがワックスで撫で付けたオールバックに近い髪型は普段の自分には不似合いな気がした。暑さでボタンとネクタイを緩めるとワックスで固めた髪を撫でて下ろした。
「今日は来てくれてありがとう」
「新羅・・・」
作品名:アイスクリームシンドローム 作家名:b a n