鉛筆ロイと消しゴムエドワードの冒険
大きな声できっぱりと、消しゴムのエドワードはそう宣言しました。もしかしたらそうシャーペンさんに告げているのではなく、自分とロイに向けて言っているのかもしれません。それほど大きな声でした。
「エドワード…」
鉛筆のロイは嬉しそうにほほ笑みます。豆消しゴムのエドワードを一ミリでも削らないようにと慎重に慎重に、心を込めてロイは字を書いてきたのです。それがきちんとエドワードに伝わっていたことがこの上もなく嬉しいのです。ロイはエドワードの心の奥底の悲しみには全く気が付いていないのです。
「は、そうかい。まあ、君らはそうやって昔ながらの道を行くがいいよ。じゃあ僕は、きれいな色の消しゴムのお嬢さんでも誘いに行こうかなー」
やれやれ、と肩をすくめながらシャーペンさんは去って行きました。
「エドワード」
にこにことロイはエドワードの名前を呼びます。シャーペンに乗り換えなかったばかりかロイがいいと言ってくれたことが相当に嬉しいらしいです。
けれど、シャーペンさんの最後の一言はエドワードの心に突き刺さりました。
『きれいな色の消しゴムのお嬢さん』
やっぱり誰でも、豆で白いだけのオレよりはきれいな色のお姉さんの方がいいんだよな…。
そう、引き出しの国で出会ったあの十二色の色鉛筆のお姉さんのような美しい消しゴムさん。やっぱりロイもきっとそのうちに……。
怖い考えを振り払うように、エドワードはぶぶぶぶぶんっと首を横に振ると大きな声を出しました。
「行こっロイ!オレブランコ乗る!!」
走りだしたエドワードの背に、ロイはにっこりとほほ笑みかけます。だから泣きそうなエドワードの顔は見えないのです。
……そんなことは考えない。だってロイが言ってくれたじゃないか!ロイのパートナーはオレだって。ずっと一緒に冒険をするってっ!!そう、信じるんだ。自分の身が削れて、消しカスになって消えるまで。オレはずっとロイのパートナーなんだ。
エドワードは走りながらも胸の奥で、何度も何度も叫びます。
ずっと一緒。その言葉を呪文のように。
けれどエドワードは子供です。自分のことだけしかわからないのです。シャーペンさんに誘われることなくロイをきっぱりはっきりと選んでくれたことが、どれ程ロイにとって嬉しいことだったのか、そんなことエドワードにはわかりません。
そしてそれだけではなく。ロイの方にも心の奥に秘めた思いがあることなどには気が付きもしなかったのです。
今はただ、二人はいつもの通り、仲良く手を繋いで、冒険をして。夕方になればペンケースのお家へと帰ります。まだまだ続く冒険です。
けれど。
いつかは冒険にも終りがきます。
鉛筆は削れば小さくなります。
消しゴムは使えばケシカスになります。
いつかなくなる日が来るのです。
エドワードもそしてロイも。お互いに言わないだけで、二人ともがそのいつか来る未来のことを知っていたのでした。
冒険の度に鉛筆ロイは小さくなります。書いて、書いて、書いて……鉛筆の先が丸まりすぎれば、鉛筆削りのところに行って。行くたびにロイは小さくなり、それでも鉛筆ですからまた書いて。いつの間にやらずいぶんとその身も小さくなりました。そう、いつのまにかちっこい豆粒みたいな消しゴムエドワードよりも小さくなってしまったのです。
「オレ、ロイよりおっきくなったっ!」
エドワードは喜びました。今までは見上げていただけのロイの目線がだんだん低くなり、そうして遂に自分より低くなったとあれば。もう、これで周りのヒトからオレが「豆」とからかわれることもなくなるんだ…、と。そして、自分が少しでも大きいと思えれば、ケシカスとなって消えてなくなる日が遠くなったようにも感じられるのでした。
まだ、大丈夫。オレはおっきい。だからまだまだロイと一緒。
鉛筆ロイはそんなエドワードを悲しそうな目で見ました。
「エドワード…話があるんだ……」
「ん?なーんだよ♪」
舞い上がっているエドワードはロイの悲しげな顔に気が付きません。
オレは大きいんだ。ならオレはまだまだ大丈夫。ロイと一緒にいられるんだ。ケシカスになっちまう日なんて遠い遠いすっごい先の未来なんだ。だからこれからもずっとロイと一緒なんだ。
いつか自分がケシカスになってしまうことの恐怖が消えないだけに、その反動のようにエドワードは喜びます。
「私は……もうこんなに小さくなったから…鉛筆としてはもう…使えない…でも君はまだ大丈夫だ。まだまだ使えるだろう?……だから…新しいパートナーを探したまえよ……」
ふ……っと一つ微笑んでロイはエドワードの返事を待ちました。けれどエドワードは何も言うことができません。鉛筆としては使えない。新しいパートナー。その言葉がただぐるぐると頭の中を回るのです。
オレは…ロイが書き間違えなんて一回もしなかったから、豆と呼ばれようがなんだろうがこの身は一ミリだって減ってない。だけど…。
エドワードはロイを見ます。書いて、減って、削られて、もうこれ以上は削ることなど出来ないほど小さくなったその身長。鉛筆削り機にももう入れないほどの小ささです。
「ロイ……」
舞い上がっていた気分は一掃されました。
ロイはもう…鉛筆としてこれ以上使えなくなったんだ…。それがわかりました。もう、冒険は終りなんだ。ロイと一緒にはもう冒険はできないんだ…と。
今までエドワードは、冒険の終了はエドワード自身がケシカスとなって消えてしまう時だと思い込んでいたのです。ロイがいなくなるなんて考えてこともなかったのです。書いて削って短くなって。それでもロイはずっと自分の傍にいると思っていたのです。
消えるのは、オレの方だと思ってた。いつかオレがケシカスになってもう消しゴムの人生が終わった時、ロイは別の消しゴムをパートナーに選ぶのだと。
そうです、エドワードはいつか来る未来をそんなふうに考えていたのです。それ以外の考えなどエドワードは今の今まで知りもしませんでした。
ロイが先にいなくなることなどこれっぽっちも浮かんだことはなかったのです。
「元気で、エドワード……」
最期の握手として差し出された手。エドワードはそれを取らずにくるりとロイに背を向けました。
たったった、と2・3歩だけロイから離れるといきなりゴシゴシゴシゴシ……と消しゴムをかけ始めたのです。
「エドワードっ!!君っ、何を……っ!!」
ロイの叫びにも構わず、エドワードはゴシゴシゴシゴシと消しゴムをかけ続け……。そうして豆よりもちっさくなってしまったのです。
「エド……」
ここまで小さくなってしまえば、消しゴムとしての人生ももう終わりです。けれどエドワードはロイに向かってにっかりと笑いました。
「これでロイもオレも一緒!!同じだけちっこいから!!」
「エドワード……」
「冒険はもうできなくても、一緒にいることはできるだろっ!!」
エドワードはロイに向かって手を差し出しました。いつものように手を繋いでくれと言わんばかりに。
ロイはその手を取りました。そうして……。
作品名:鉛筆ロイと消しゴムエドワードの冒険 作家名:ノリヲ