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不眠のコーヒー

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不躾な癖にやたらと洗練されたように聞こえるノックの音に、ベルナルドは沈みそうになっていた意識を浮上させた。
 ノックの主は、近頃朝の常連になっている男のものだ。
「どうぞ」
 扉を守る部下達も、その男が毎朝やって来ることを既に承知しているので、ノックを妨げようとしない。
 体も大きければ態度もでかい男は靴音にまで伊達男ぶりを滲ませて、大股でベルナルドの電話の城へと踏み入り、ほぼ毎朝訪れているというのに、全体を見渡し品定めするように鼻を鳴らす。
 ベルナルドは笑って肩を竦めた。
「おはよう、目覚めのコーヒーを御所望かな」
「その通り。察しが良くて助かるぜ」
「頭を働かせるのが俺の仕事だからな。まあ、お前にコーヒーを淹れてやるというのは、本来の仕事ではないわけだが、座っていろ、今……」
 不眠不休で仕事をしていた所為で、頭に霧が掛かったようになっている。これは少し休息を取らなければ、もたないなと思いながらベルナルドが腰を上げると、ルキーノは肩を揺らして笑った。
「いや、俺がやろう」
「客人に手間を掛けさせるわけにはいかないさ」
 丁度、ベルナルドもコーヒーを飲んで、脳を活性化させたいと思っていた所だ。ルキーノの訪問は、良い気分転換になる。
「顔色が悪いぞ」
 椅子に座りっぱなしだったベルナルドは背筋を伸ばし、ルキーノの指摘に笑いながら、豆の準備に手を動かした。
「今は、少しでも無理をしておかないとね。無理というのは、必要のある時にするから意味があるのさ」
「それで倒れたら元も子も無いが、今日は少し休め」
「大丈夫だ、これを飲んだら休むつもりだったし、優秀な電話番もスカウトしたことだしね」
「ジャンか」
「ジャンはああ見えて、頭の回転も、物覚えも良いからな」
「ああ、あいつは良くやってる」
 ルキーノの同意に、ベルナルドは自分のことのように笑い、挽いた粉をセットし、湯をゆるりと注ぐ。じわりと脳を刺激するコーヒーの香りが部屋に漂い、ルキーノの表情も若干緩んだ。
「ジャンは、確かに良くやっている、俺達はあいつのペースに巻き込まれっぱなしだ」
「悪くない、という顔をしているように見えるが」
「そうだな、俺はあいつを買っている。磨けばたいそう光るだろうさ」
「お前の目に適うなら、本物、なのかもしれないな」
「ラッキードッグ?」
「さあね」
作品名:不眠のコーヒー 作家名:七月かなめ