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子猫をお願い

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丸い、ビー玉のような瞳で猫はじっとこちらを見ていた。見ているだけで、にゃあと鳴くこともないが、ひどく訴えられるものをその視線にひしひしと感じ、その場から立ち去れなかった。


大学から徒歩10分圏内の二階建て築30年のアパート、その外付け階段のすぐ脇に薄茶色の毛並みをした子猫が一匹いた。天気は突然の雨で、外灯の明かりが子猫の毛先に実った滴をきらりと光らせている。(ペットは、禁止)心の中で呪文のように居住規約をつぶやくと、意を決して階段を上がった。が、半分も昇らないうちにかけ降りて、その勢いのまま猫を抱えあげて二階の部屋へ飛び込んだ。(大家さんに見られてないよな…?)胸に隠すように抱えていた猫がちいさく暴れ出した。部屋を汚される訳にはいかないので抱えたままタオルで体を拭いてやると、力が強すぎたのか潰れたように鳴いた。
「ああ、悪い。でも静かにしてくれよな。ここペット禁止だから」
人の言葉を理解した訳ではないのだろうが、猫はしぶしぶとなすがままになった。拭き終えて初めて解放すると、部屋の隅まで逃げて毛繕いを始めた。大人しくしているよう言いつけて濡れた服を着替え終えた時には先ほどと同じ位置でちょこんと鎮座していたので、ご褒美に牛乳を皿にそそいで与えると、勢いよく皿にかぶりついた。その様子を眺めながら、夕飯にとスーパーで買ってきた割引惣菜を食べようとすると、猫が寄越せとばかりに飛びついてきた。


一人と一匹のささやかだけれども生命活動を賭した夕食を終えて、改めて子猫と向き合った。薄茶色の毛ばかりと思っていたら、手足の先だけは靴下を履いているように白かった。
「さっきも言ったけど、ここはペット禁止なんだ。だから一晩だけしか泊めてやれない。悪いけど、明日俺が大学へ行く時には出ていってもらうからな。…わかったか?」
丸い黒目をじっと覗きこむと、猫はわからなかったのか聞いていなかったのか首をわずかにかしげた。その一瞬、黒の奥が青く煌めいて、海の深いところのように見えた。
作品名:子猫をお願い 作家名:マチ子