子猫をお願い
朝起きたら雨はすっかりあがっていた。新聞配達のバイトは久しぶりの休みで講義も2限から。もう一眠りしようかと寝返った鼻先に見馴れないものがあって、思わず飛び起きた。
「お前、いつの間に…」
寝る前に段ボール箱にタオルを敷いて作ってやった即席寝床は放棄され、子猫は布団の枕元で丸くなっていた。眠たそうに一度こちらを見上げると、またすぐ眼を閉じた。
連れてきた時と同様に猫を隠すように抱えてアパートを飛び出た。100メートル走って角を曲がったところにある公園の茂みに離してやると逃げもせずにその場でただこちらを見上げてくる。
「じゃあ、俺は行くからな。元気でな」
ちいさな頭を指先でひと撫でする。触れる毛がやわらかい。20歩歩いて振り向いた時にはまだこちらを見ていたが、公園を出る最後に振り向いた時には、もう子猫はいなくなっていた。
長い講義を終えて、マナーモードにしていた携帯を開いた。着信も新着メールの表示はなし。メール受信の操作をしてみたが、「センターにメールがありません」の表示があるだけだった。
アパートに帰ると、昨日と同じ場所にあの子猫がいた。自分の姿を確認すると起き上がって足元に寄ってくる。ずいぶんと人懐いのでもしかしたら以前は飼い猫だったのだろうか。
「戻ってきたのか? でも、俺はお前の世話ができないんだよ」
もう一度撫でたら情が離れなくなりそうなので、振りきって部屋へ戻る。干していた洗濯物を取り込んでまた外へ出れば猫はやはりそこへ居た。
「俺はいまから友達と飲みに行くから帰りが遅いんだ。お前も早く今日の夕飯と寝床を見つけろよ」
良い返事と言わんばかりに、猫は「にゃあ」と鳴いた。そしてしっかり日付が変わる頃に帰ってくれば猫は階段の脇ではなく、玄関前で丸まっていた。あの黒目をきらきらさせてこちらを見上げてくるので、「もう一晩だけだぞ」と部屋に招き入れた。秋を思わせる涼しい夜風が吹いて、猫用の餌の缶詰が入ったビニール袋を揺らした。
一晩だけ泊めて、翌日大学へ行く途中に公園で放す、この繰り返し。(大学の誰か、飼えるやつを当たってみるかな…)携帯のアドレスを確認するはずが、開いたのは一通の開封済みメールだった。「来週あたり行くから」短い一文が表示されたメールの受信日時はちょうど10日前だった。たっぷりとそれを眺めていたら、お腹を空かせたのか猫が甘い声を出してすり寄ってきた。