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ネバーエンディング何か(2)

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ほらあの人、俺らの地域からリーグジャパン行ったヒト。ツバキ。意外とごっついなー。
 ETUの選手やってんだっけ? 試合出てんのかな。テレビで見たことないんだけど。
 ていうかETU自体、あんま中継やんないよな。
 でもウチの親父、ツバキは凄いとか言ってた。隣の市のほら、ガンナーズに行った人いたじゃん、昔。
 いたね。いたいた。
 あいつよりスゲーぞって、この前親父言ってた。あれが判らんなんて、協会のスカウトもたいしたことないって。
 そういやお前の親父さん、コーチやってたもんな。でもガンナーズ行った人って、キーパーだろ(笑)
 おっ、次の30分ハーフ出るみたいだツバキ。顧問も見てるしいっちょ頑張りますか。
 へえ、お前のとこの顧問のセンセーも、ここの出身だったんだ。
 そ、田舎は人間関係狭いからね。ここらでサッカーやってたスポーツ少年団は、ウチぐらいだし。
 まあなー。でももう、なくなっちゃうけどさ。スポーツ少年団。



 二枚重ねた綿布団の中、まどろみながら年を越した。元日の朝は、咳き込んで目が覚めた。カーテンを透かして、陽の光が明るい。誰かが、寮の廊下をばたばたと走っている。布団の中から手を伸ばし、エアコンのリモコンを掴んだ。液晶に表示された時刻は、11時を過ぎていた。
 
 椿はよろよろと起き上がり、けだるい身体を食堂へと運ぶ。たどり着いた食堂は普段と比べて人気がなく、隅にぽつんと世良と宮野の姿だけがあった。
「あけおめことよろ!」
 テレビの前のテーブルを陣取っていた世良は、椿に気付くなり、相変わらずのハイテンションで年始の挨拶をかわす。その横で黙々と寮生宛ての年賀ハガキを振り分けていた宮野も、どうもおめでとうっス、と会釈した。
「おばちゃんたち今日は午前中初詣でだってさ」
 寮管夫妻の不在を告げて、世良は椅子の背にもたれかかり大きな伸びと欠伸をする。宮野は寮母が作り置いた雑煮とおせち料理のありかを椿に示した。いつもより殺風景な配膳台の上に、塗り椀がぽつんと置かれている。椿は塗り椀に入った雑煮を雪平鍋へ移し、火にかけた。
 
 他に誰もいないこともあって、気兼ねなくチャンネルを変えていた世良の手が、ふと止まる。ふえー、と大きな溜め息をついて、おせちをつついていた椿の方へ振り向いた。すっげー部屋住んでるよな、うらやましい。指先をテレビ画面に向け、世良はつぶやいた。画面の中で、椿たちとそうかわらぬ年頃のタレントが自室を紹介していた。港区某所Liveとテロップの入ったその放送は、いわゆる新春特番というやつで、気忙しいレポーターのコメントにも、世良はふんふんと首を振る。
「暮れにキヨさんたち出てったしさ、俺もそろそろ独り暮らしを考えてんだ」
 問わず語りにつぶやき続ける世良を見つめていた椿の目の前に、数枚のハガキが差し出された。椿さん宛てッス。そう宮野に渡された年賀ハガキを繰る。スパイクメーカーからのものが一枚、高校時代の同級生からのものが数枚、そして。
 それは懐かしい名前だった。否、椿の中で最初に像を結んだのは名前でなく印刷された集合写真の顔だった。あれからおそらく十年前後の歳月が流れているというのに、全く変わらないのは、彼が既に中年だったからだろうか。ひな壇並びの子供達の隅で彼は、かつて椿が所属していたスポーツ少年団のコーチは、変わらぬ笑顔だった。ただ、写真に添えられた知らせが、椿の中に影をおとした。

 時折明滅する蛍光灯の下、椿は仰向けに布団の上に横たわり、ハガキを眺めた。火照る裸足の爪先に、掛け布団の生地が心地いい。年末を風邪で寝込んで過ごしたのもあって、室内灯を交換しないまま年越しをしていた。三が日明けには電器屋に行かなきゃ。ぼんやりそう思う。
 いや、それよりも今は。
 椿はおもむろに起き上がり、ふるふると頭を振った。熱は下がっていたものの、重く鈍い痛みが、芯のように頭に残っている。ひとつ大きなくしゃみをして、椿は半纏と毛糸の靴下を身に付けた。
 体温計が示す温度は37度台。微熱が続いている。医務室に向かう途中の廊下で、外出から戻ってきた寮母に会った。医務室から薬箱を持ち出しながら、寮母は椿に実家で休養しておいでと言った。
「ちょうどいま後藤さん達がみえてるし、ちゃっちゃと申請出しちゃいなさいな椿くん」
 それがいいわよ、と寮母に促され、椿はふらつくペン先で書類をしたためる。寮生の大半が帰省していることもあり、外泊許可はすんなり下りた。
「とりあえず今晩は暖かくして寝なさい!」
 寮母の声を背中で受け止めながら、椿は自室へ戻った。再び布団の上に横たわり、寮管と強化部主任とGMの判が押された書類をあおぐ。日付は明日から五日間。枕元に落ちていたハガキを拾い、椿は溜め息を吐いた。