あなたといると…
振り向くと赤い瞳の麗人が、心配そうな顔で手を差し出していました。
立てるか? 大丈夫か?
辛かったら掴まれよ。
実のところ胃の中のものを洗いざらいぶちまけてしまったあとなので意外とすっきりとして気分も悪くはないのですが、差し出された手をあえて拒むというのも私の流儀に反するので、そっと手を握り返しました。
ぐい、と驚くほどの力の強さで引っ張りあげられ、プロイセンさんに支えられるような形になります。
あ、あの、すみません、私でしたら大丈夫です。歩けますので。
ダーメだ。酔っ払いはおとなしく介抱されてろ。
ほれ、客室まで送ってやっから。
すみません…。
謝んなよ。
謝らせたいわけじゃねぇんだよ。
ほれほれ、キリキリ歩け。
…はい。ありがとうございます。
触れたところから感じる体温はとても温かくて、なんだか穏やかな気持ちになってしまいます。
知らず、ほう、とため息が漏れて、プロイセンさんが心配そうにこちらを見ました。
ああ、大丈夫です。辛くはないんですよ。
ただ…いえ、なんでもありません。
プロイセンさんは不満そうに鼻を鳴らしましたが、この状況がなんとはなしに幸せで嬉しいのだなんて、この私がどうして言えるでしょうか。
なあ…。
お前さ…。
ちらりちらりとこちらを見たり眼をそらしたりしながら、言いにくそうにプロイセンさんは切り出します。
はい、なんでしょう?
…お前…ヴェストが好きなのか?
…はい?
どうしてそのようなことを言われたのか、私にはまったく覚えがなく。
けれど酒のせいで霞がかかった記憶を無理やり掘り起こしてみると、上機嫌にはなった冗談がぼんやりと浮かんできました。
そこから芋づる式に記憶がよみがえってきて、私は、ああ、なんということを。
とても普段では考えられないような恥ずかしい言葉を思い出して、体中の血が逆流するような心持になります。
ああ、なにが「月の光みたい」か。
日本男児たる私がそのような甘い言葉を…。
しかしプロイセンさんは私が赤面しているのをいい具合に誤解されたようで。
今日いきなり来たのはよ…その、ほんとに…ヴェストに…こ、告白…するためだったのか?
違います! 断じて違いますよ!
そういう目でドイツさんのことを見たことなんかありません!
…本当か?
ええ、本当ですよ。
そうか…。ならよかった…。
一体なにが「ならよかった」なのでしょう?
ふいー、と吐きだされた息は酒臭く、ああ、この人も酔っているのだとぼんやり思いました。
私が潰れた後もひとりで飲んでいらしたのでしょうか。私が突然この家を訪ねた理由を考えながら?
ああ、だとしたら私は…とんだ果報者ですねぇ。
なに笑ってんだ、酔っ払い。
知らず私は笑っていたようです。
プロイセンさんが怪訝そうな顔で私の顔をのぞきこんできました。
酒臭い息がかかって、それすらも可笑しくて、私はついに声をあげて笑い出しました。
お、おい、日本?
あー、可笑しい。
酒のほてりがまださめていないのかもしれません。
だったらいっそ、すべてを酒のせいにして、少しくらい恥ずかしいことを言ってみたっていいじゃありませんか。
ええ、間違ってはいないのです。
私は今日、愛を告白に来たんですよ。
戸惑い、うろたえた表情を浮かべる赤い瞳。
黄色みの強い照明を跳ね返して白金に光る髪は本当に月のよう。
水気の少ないその髪をぱさぱさと指で弄びながら、しかし私には欧州の方々のように愛してるなんて臆面もなく言ってのけるのは無理な相談というもので。
だからやっとのことで彼の人の耳元に口を寄せて囁くのです。
「あなたといると、いつも月が綺麗です」