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篠原こはる
篠原こはる
novelistID. 11939
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胃の中にずっと眠ってて

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 少年の小さな手が、檸檬のシャーベットをスプーンできれいに半分に割り、静雄の口に運んだ。静雄が長い身体を腰で折って、差し出されたスプーンに近づけた。思わず少年の小さな指まで、自分に恐れずに触れてくれる奇特な指まで、口に含んでしまいそうになり、静雄は慌てて口を閉じた。
舌の上で溶けたシャーベットは味わう間もなく消えていった。


 きっかけは今でも覚えていない。
 夏の暑い陽射しの中を、好意で買い与えたデザートを一緒に食べるようになった。ふとした拍子に、隣から差し出されたスプーンの色に驚いたまま、反射的に口に含んだ一口に味はなかったことだけは、記憶している。それからというもの、静雄と少年――竜ヶ峰帝人――はどんな時でも必ず、といっていいほどデザートだけはお互いのもの、もしくは一つを半分に分け合って食べた。
ゼリー、プリン、カステラ、アイスクリーム、シャーベット……。帝人はそれらを上手に半分にわけることが、静雄よりも数段に上手だった。帝人が二つに分ける際に、小さな手で無心に割く仕草を見た時、半分になったデザートの一口めを舌にのせる瞬間、静雄の中にはどういうわけか言い知れぬ小さな喜びが広がる。同じ男だというのにどうしても小さいつくりの帝人の、その小さな平凡さを、分けられたデザートを口にすることで分かち合っているかのような気持ちになれるからだ。
 帝人が持つスプーンに口を近づけると、静雄の胸は高鳴り、着慣れたバーテンダー服の裾がむやみに乱れていないか、流れ落ちる汗で汗臭くはないか、ちゃんと笑えてるのだろうか、そうした些細でいろいろなことが気になって、とても平静でいられなかった。
目の前に帝人がいて、小さな帝人は静雄の瞳の中に丸ごと飛び込んでくるようで、ますます落ち着かなく息苦しい。そうしてじっと、帝人のほっそりと白い喉元ばかりを見つめては味のしないデザートを舌の上で溶かし続けた。

 デザートを食べ終わると、決まって静雄は帝人に何か話すよう頼んでしまう。
自分ひとりのために向けられる言葉があることに、思わず比べること無い優越感に浸ることができた。何より隣で一生懸命に言葉を紡ぐ帝人の姿こそが本当の健気さのようだったからだ。
 帝人が耳馴染みの良い音で「静雄さん」と呼ぶと、それだけで何でも良かった。恥ずかしそうに瞼を下ろして笑う顔、情けなく眉尻を下げて困ったように名前を呼ぶ声、小さく細い指でデザートを分ける仕草、それら全てが隣にあることに夢のように眺めては、確かめたくなって挙句、我慢ができなくなるのだ。
乞われるままに静雄のために言葉を紡ぐ帝人が、ふと気が付いたように静雄の視線に笑うと、そこはもう二人だけの空間になってしまった錯覚に陥る。たった二人きりで、そこは公園でもファストフード店でもなく。どこか違う場所に二人、残されてしまってただ帝人だけがいつまでも静雄に寄り添っていてくれているかのような。
 静雄は帝人に手を伸ばす。掌すべてにおさまってしまいそうな華奢な肩、強く掴むと折れてしまうのではないかと疑う腕、ハーフパンツに包まれた薄い腰へと指を滑らしていく。帝人はとても温かかった。
 ああ、よかった、と幾度となく静雄は思う。いつも心の片隅で、いつ彼が己の妄想で消えてしまうのではないかと、居なくなってしまったらどうしようと、心配ばかりしていたのだ。嬉しくなって、帝人を胸に抱きとめる。うっかり加減を間違わないように回した腕は不恰好だった。
抱きとめたサイズに慣れていないせいで、どこまでもぎこちない感じが拭えなかったが、すぐに馴染み合っていた。帝人の身体はどこもはみ出さず、そっくりそのまま静雄の中におさまってしまっている。
このまま、時間さえ止まってくれていい。そんなどうしようもない事さえ、静雄の脳内に浮上してしまえるほどには、帝人と共に過ごす日々は平和なのだ。二人で居る限り、静雄は平和だった。それ以外、望みなどなかった。

 望みようがなかったともいえたけれど、静雄にそれはわからなかった。ただ、口の中で溶けて消える菓子のように、分けて得られたものが全てだったからだ。


***


「こんにちは、静雄さん」

「――ああ、竜ヶ峰。今、帰りか」


 夕方の空は燃えるように赤々と街と人を照らしていた。むせかえるような熱気が夏の夕方だということを知らしめている。赤く光る舗道にゆらめくような頼りなさで立ち尽くす少年に、自分にできる精一杯の笑顔を返せているといい、と静雄は思った。
 約束したわけでもないけれど、並んで歩くと自然、二人の歩幅は合ってくれなくて、いつも小さな身体に似合いの早さと幅でしか歩けない帝人を、静雄は小さく笑ってやった。少しむくれた頬が夕日のせいか、やけに赤く見えて可愛く見える。
並んで歩いた先のコンビニで冷菓を買った。今日も二人居るのに一つしか白いビニル袋の中に入っていなくて、それが少しおかしく思えた。
 伸びきった影を踏みながら、いつも座る公園のベンチに座るといつも通りに、帝人がきれいに一つの菓子を二つに分ける。黄色い氷が熱で少しだけ溶け出して、プラスチックのスプーンを滴った。


「レモンだなんて、なんだか舌が痺れそうですよね」


 おかしそうに笑って先に一口、口の中に含んだ帝人が静雄を見る。見やってからそっと、スプーンを差し出されて静雄は一瞬、たじろいだ。


「静雄さんもどうですか」

「……なんか、溶けて色水みたいになってるな」

「なんてこというんですか。ちゃんとおいしいですってば」

「自分で食える――って、竜ヶ峰、ちょ、っ」

「そう云って食べてくれないつもりでしょ? はい、どうぞ」


 帝人の小さな手が、檸檬のシャーベットをスプーンできれいに半分に割り、静雄の口に運ぶ。静雄が長い身体を腰で折って、差し出されたスプーンに近づけた。思わず少年の小さな指まで、自分に恐れずに触れてくれる奇特な指まで、口に含んでしまいそうになり、静雄は慌てて口を閉じるのもいつもの事だった。


「ね、おいしいでしょう?」

「ん。そう、だな」


 舌の上で溶けたシャーベットは味わう間もなく消えていく。
 暑さのために溶けた氷が、スプーンを伝って帝人の腕を這っていた。「あ」と帝人が零した言葉に思わず、伸びた手を静雄はどうしたいのか、その時はわからなかった。そのまま、伸びた手は帝人の手首を掴んで放さない。そして、折り曲げた腰のままに近い距離にある帝人の顔が、静雄を更に煽った。戸惑いがちに近付いて、触れた帝人の肌はつるりとしていて、胸が鳴る。伝い落ちる黄色いしずくが、帝人の肘にまで至ったことを視界が捕らえて、そうすることが当然みたいに唇を寄せて、しずくを舐めた。


「……っ、し、しし、しず、しずしずお、さんっ!」


 慌てたような帝人の高い声も、どこか遠くの音楽みたいに聞いては、舐めとったしずくの甘さに意識が飛びそうだった。飛び上がるほどに驚いている仕草が、掴んだ腕から伝わって初めて、静雄は自分が行ったことを自覚した。


「わ、悪い……つい」