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篠原こはる
篠原こはる
novelistID. 11939
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胃の中にずっと眠ってて

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 悪いと謝りつつも、舌は覚えたばかりの初めての甘さに痺れてしまって、うまく言葉が吐き出せない。その代わりに、そっと触れたままの腕から手を放した。未だ残る舌の上の甘さが、静雄をひどく鈍感にさせた。
どれほど帝人から菓子を分けられたとしても、甘いはずの欠片を舌の上で転がしたとしても、さきほど覚えた黄色い氷菓子が辿った帝人の肌にあったしずくの前では、塵芥のようにすら思えた。つい、さきほどの出来事なのに、結局甘かったのは流れ落ちた黄色い水滴だったのか、それとも帝人の肌だったのかすら静雄にはわからない。
 プラスチックのスプーンを握り締めて、赤くなった頬を静雄に向けたまま、帝人は小さく「心臓に悪い」と呟いていた。どういう意味なのか、そのまま受け取ってもいいものか数秒悩んで、勝手に静雄は自分の都合の良いほうへ持っていくことにした。
 日はまだ長く、夕日は赤く輝き続けては静雄と帝人を照らし続けている。少し離れた場所では、小さな子供が数人で輪になって遊んでいる。多くはない人通りといえど、公園内を横切る人がいないとは限らない。静雄の視界の端で、手を繋いで歩く恋人が見えてそのことに気付いたが、伸びた手を途中で止めることは静雄にはできなかった。再度触れた腕は、夕日のせいなのか熱く感じる。


「――もう、食わしてくれねぇの?」

「は、……な、なに、え?」


 掴んだ熱に浮かされたように、とんでもない台詞が静雄の口をついたけれど、目の前で大きな目を見開いたまま固まってしまった帝人以外、どうでもよく思えてしまっていた。もう一度、帝人が差し出す甘味を口の中に含むことができたなら、今度はちゃんと味がするんじゃないかなとか考えて、放してしまった腕を今は放すことができない。覚えてしまったあの甘さが、いつまでも舌の上に残って口の中が甘ったるいままだ。
 溶け出した氷は、折角帝人がきれいに半分に分けたというのに、今ではその境目すらわからないほど固体から液体へとかたちを変えている。昔、溶かした絵の具の黄色のような色で、夕日を少し反射させる色水を静雄は帝人にねだった。
そのうち、強請った色が腹のそこで違う色に変わるのだろうか、と柄にもなく感傷的な気持ちで静雄は与えられたスプーンにのせられた氷を口に含んだ。口の中で溶け出した檸檬味の氷は、微かに甘く感じることができた。