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よしこ@ちょっと休憩
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君と旅をする

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ムーンペタの宿屋


 ムーンペタではリリザと同格の、街で一番上等な宿を選んだ。旅慣れていない奴がいきなり粗末な宿にはいるとキツイだろうという俺の配慮だったが、サマルトリアの王子様は当たり前のように貴賓室に行こうとしてくれる。財布の中身などお構いなし。奴はサマルトリアお膝元の砂漠で大ナメクジを叩いたときに、伸びた死骸から獲られたゴールドの量を全く見ていなかったってことだ。流石に最上階は止めたが、ホテルの方が気を利かせてスィートルームを用意してくれた。
 サマルトリアに付けておくようコンシェルジュに伝えておいた。
 そしてホテルの一階にある大食堂に二人で食事に赴いて現在。卓の上には胡桃パンと仔牛の煮込みのフォアグラ添えが乗っていた。そこまでにオレンジとアスパラガスと香り茸の前菜、ローストビーフの薄切りの胡椒ソース添え、白身魚のソテー白ワインソース、ジャガイモの冷製スープを平らげている。上品な料理が一口二口ずつ皿に載って運ばれてくるのを、俺はどんな顔で見ていただろうか。
 〆に奴が頼んだのは林檎をワインで煮込んだデザート。すべてひっくるめてこの店で一番豪華な食事だ。
 昼間、二人で腕ならしに砂丘の魔物を倒しに行った時、奴の貧弱な装備に嘆息した俺が、鎖がまを買おうと預かり所から引き出した金が、この食事で全て消えた。もちろん、こんなつもりじゃなかった。いきなり干飯と獣の干肉では喉が通らないだろうという俺の配慮で食堂に行ったら、奴が当たり前のように注文しやがったのだ。
 俺はギリギリと凧糸で締め付けられているような痛みを感じる胃の辺りを手でさすった。どこからどう指導して、改善させたらいいのか全く思いつかない。
 これから過酷な旅に出るという現実的な認識……汚い水で手を洗うことも、虫が湧いた寝床で休まなければならないこともある、そういう旅に出るという認識が全くない奴を連れて、俺はこれからムーンブルク城と城下町を偵察に行かなければいけないのだ。
 テーブルの向こうではサマルトリアの王子が上品にスプーンでスープを啜っている。小さな口、柔らかい指。昨日も湯を使って汚れを落としたと分かるサラサラの金髪。
 たとえばこの先の田舎で、木賃宿の板きれ一枚で尻が隠れただけの、汚物がこびり付いて排泄物の酷く臭う汚い便所を、この王子が使えるとはとても思えない。
 俺はため息をついて歯ごたえも何もない肉を噛み締めて、口いっぱいの肉汁を飲み込んだ。
 こいつの炎魔法ギラは便利だが、それだって数発打てば魔法力が切れたと言い出して使えなくなる。回復呪文ホイミも同様。いったいどうやってこいつが勇者の泉にたどり着いたのか不思議だ。
 食堂で席について皿がでてくるのを待つ間、俺は正面の席に行儀良く座ったサマルトリアの優しい顔を眺めた。美人は三日で飽きると言うが、こいつは不思議と見飽きない顔をしている。そう、たとえば……特別気に入った絵画みたいなものだ。他人なら飽きて素通りする絵でも、それに惹かれた人間は大枚を叩いて手にして何時間でも眺める。何でもないと思うのに目が引き寄せられて、じっと細部を子細に観察したり、大枠からシルエットを眺めたりして一向に飽きない。俺にとってこいつの、サマルトリア王子の顔はそういう顔だった。
「いけませんね」
「なにが?」
「手袋を脱ぐのを忘れていました。なんだか今日一日ずっと嵌めていて、これが肌になったような気がしていて……まだナイフを握ってるような気がします」
 サトリはおっとりと笑って俺に謝ると、旅装束に使っている大きなグローブの下に嵌めていた、保護用の薄手の手袋を脱ぐ。
 俺は薄い緑色の手袋の中から現れた、サトリの指と爪に見とれた。俺が持っているような、力仕事で潰れた扁平な爪じゃない。伸びたところを無造作にナイフで削り落としているせいで角張った形をしている俺の爪と違って、丁寧に一枚一枚をヤスリで磨いた、母上の首に下がっている紅い宝石みたいな丸い爪。
「ロラン、どうしました?」
 運ばれてきたシチューとパンに目もくれず、じっとサトリの爪を見ていたら、奴の柔らかな声が俺を呼んだ。
「あ。いや、何でもない。俺の爪とは違うなと思って」
 俺が説明すると、サトリはパンを千切っていた手を置いて、テーブルの上のロウソクに揃えた指を翳した。
 ロウソクの光を透かした爪は、ペルポイ産のファイアオパールのように儚く色を変えながらつやめく。細くて長くて、でもしっかりと節のある少年の指だ。ずっと王宮暮らしと魔法に護られて、その指は彼の妹姫と同じ形をしている。
「冒険には不向きだったかな。でも短くすると不便で」
 サトリは申し訳なさそうに弁解すると、右の人差し指の腹で左手の爪を小指から順になぞる。今日からはもうちょっと短くしますと微笑んだ。
 気を遣わせたか、しかし、その爪だと槍を取り回し始めたら剥がす怖れがあるから切った方が良い。そんなことを思いつつ、視線を彼の爪に注いでいた俺は、ふっと零した彼の微笑みにシチューを掴んでいた皿を落とした。
 ロウソクの明かりが一気に翳った気がした。
 サトリは髪も目も珍しい色をしている。明るい亜麻色の髪と、深い湖沼の碧色の瞳。アレフガルドの北方にしかいない、ローラの子孫の色目だ。
 王宮の巻物にはロトの血は黒目黒髪だと伝えられている。やや青いといえ黒目黒髪ローレシア王子が生まれた後、王妃懐妊が告げられたサマルトリアでは、ローレシアに負けぬロトの血の発現をと王族貴族が揃ってざわめき立った。サトリの法衣に大きくロトの紋章……ルビスの印である不死鳥ラーミアの意匠を染め抜かせる奴らだ。ロトという名に対する意気込みが知れる。
 少しでも黒い髪、少しでも黒い目をした、ロトの血の濃い子供。
 そして十月十日が経過して生まれたのがサマルトリア王子。俺と旅をしているサマルトリアの魔法戦士だった。
 新大陸一の稀代の美女であった王妃に夢中だったサマルトリア王は、母の美しい面差しを受け継いだ王子を、髪の色目に構わず溺愛した。暫くして生まれた妹が、母写しの亜麻色の髪と、父王に似た深い紺色の目をして生まれるまでは。
 王宮の期待は、よりロトの血を濃く受け継いだ妹へ向かった。もちろん、たかが血筋だの、髪の色だの尊いサマルトリア王家の嫡子を蔑ろにするなどあってはならない。だが、サマルトリアには王子を軽んじるだけの地盤があった。それまでに父王の愛情を余るほどに降り注がれて軟弱に育ってしまった王子への失望、病弱な体質、遊び好きな“美しすぎる”王妃への不信。
 俺が14でローレシア騎士団の見習いに入って、20キロの背嚢を担ぎ一日中山野を彷徨いて行軍訓練で血豆を潰していたころ、サマルトリアの王子は学問とほんの少しの体術、それから神学を学んでいた。それも体の弱さから時々中断して、年に数ヶ月は療養のためにムーンブルクへ滞在していたらしい。ちょうど王女の誕生月に滞在していたサトリは宮殿で開催された舞踏会でくるくる踊ったあげく、国での催しのように中座して休憩できず貧血で倒れていたらしい。