奇跡の鐘の音
「今ならまだ、罪を軽くすることが出来るかもしれん。鴉。私と来い」
「お言葉ですが、支部長。公開裁判にかけられて、死を逃れたものはいません。裁判とは名ばかりの、公開処刑でしょう。それが、神のシステムだ。俺は、神に従わない」
「鴉。神のシステムは絶対だ。逆らうことは、許されない」
神格を上げた鴉の攻撃を受け、サリエルは眉を寄せた。ランクが上がった以外にも、彼を強くさせる何かがある。
遠くに見える白鷺がその原因なのだろうと、サリエルは視線を僅かに動かした。
「何故貴方は神が絶対だと言いきれるのですか?」
刃が何度もぶつかり合い、お互い一歩も引かない。翼が羽ばたき、羽が飛び散った。
「何がお前をそこまでさせる?あの者の為か?」
愛する存在の為にこそ、強くなる。まるで人間じみた本能だ。
「そうです。俺は、白鷺を、愛している」
鴉の表情は、慈愛に満ちていた。刃を構えたまま互いに探りながら、サリエルは言葉を失った。一瞬、ほんの一瞬だけ、鴉の表情が、ベールゼブブと重なった。
「っ……」
「……支部長、貴方は誰かを愛したことがありますか?」
胸が締め付けられる。目を開いていても、あの優美な六枚羽の背中がサリエルに写った。あの背を追いたかった。頼もしい友人を、いつしか愛おしく想うようになり、そして裏切った。
「……そんな、昔のことは忘れた」
「貴方になら、分かってもらえると思っていました」
「……私は神の使いだ」
「その神が、俺にはわかりません。お願いです。俺達を、行かせてください」
二度目の失敗は許されない。鴉を見逃せば、彼は間違いなく堕天する。もはや、鴉の中に神は居ない。
「これ以上の問答は無用だ。鴉。行きたければ、私を倒していけ」
「支部長っ」
「……誰にも過ちがある。それを、あがなうために私は、生きているのだよ」
サリエルは空を蹴り、素早く刃を振るった。逃すつもりはない。ここですべてを終わらせる。
「っ、俺は、貴方を傷つけたくはないんです、支部長」
「では、大人しく審判を受けよ」
サリエルの有利に戦いは進んでいた。もうすぐでしとめられる。しかし、大きく刃を振り上げた瞬間、地上から威圧感を持った何かがサリエルの動きを封じた。
「なに、っ」
身動きが取れない。サリエルは呪縛を解こうと翼を広げようと、もがいた。
「これは、まさかっ……」