奇跡の鐘の音
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新たな命が下された。神は鴉の身柄を求めている。歪みの広がりの原因はわからぬまま、これでは生贄に過ぎない。
『すべての原因はあの大罪者にある。反逆者・ベールゼブブが歪みを増長させ、神の領域を侵そうとしているのはもう疑いも無い事実だ』
反論するものの、天使たちは許さない。結果さえ得られれば、天使一人など容易く切り捨てる。完全な世界の為に、穢れた部分を切り落とし永らえる。それが天界のシステムだ。
サリエルは踵を返した。
調査の結果、歪みの中心地は明らかになっている。煉獄こそが、歪みの中心だった。
「……私は、どうしたらいい。教えてくれ」
久しぶりに彼の名を聞いた。サリエルは結局口にすることが出来ず、翼を広げた。
もがれた翼が疼く。まるで昨日のように思い出せるというのに、いつの間にか自分とベールゼブブの間はこれほどまでに離れてしまったのだろう。
姿を現さない神の命に従い生き続けることに疑問を持ったベールゼブブは、決心をまず初めにサリエルに話した。
『共に行かないか。サリエル』
禁忌であると、わかっていた。だが、ベールゼブブの差し出す手を、サリエルは躊躇わず取っていた。
サリエル自身も、神に問いたいと願っていた。ベールゼブブへの愛は、許されないものなのかと。もう抑えきれない。過ちであるはずがないのに、許されない。
「っ……、お前の名が、呼べない」
今でも夢に見る、最後の時。目を閉じるだけで、あの光景は鮮やかに浮かび上がる。予感はあった。この先、ベールゼブブと合間見えることになる。
その時自分はどうするのか、どうしたいのか、サリエルにはわからなかった。
「私は、天使でしかありえなかったのだ」
気持ちを押さえ込み、サリエルは翼を舞い上がらせた。煉獄にある、『審議の双塔』に鴉達は向かっている。
地獄との戦争を回避するためにも、鴉の身柄を捕えなければならない。鴉と白鷺は、大公の策略に複雑に絡んでいる。二人を保護し、これ以上大公の思惑を進めさせてはならない。
捕らわれれば、鴉は公開裁判を受けることになる。裁判は死以外ありえない。しかし、サリエルは大切な部下を、見殺しにする気はなかった。力のすべてを使って罪を軽くしたい。
「これは矛盾だな」
赤茶けた大地を飛び、サリエルは目標を定めた。
ひと羽ばたきごとに、背中の傷は鋭く痛んだ。