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夏の休日

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「今日は駄目だ」
庭木を剪定する手を止めずにドイツは言った。

「えー!遊ぼうよぉ~」
ドイツドイツ~と言いながらイタリアはドイツの背中に頭をぼっさんぼっさんと打ちつけた。

「せっかくいい天気なんだからさぁ、公園でサッカーしようよー あとジェラートも一緒に食べようよー!」

「駄目だと言っているだろうが。今日はやることが沢山あるんだ」

ドイツの言っている「やること」とは、「やらなければならないこと」ではなかった。
今日は休日。持ち帰りの仕事がある訳でもない。好きなように過せばいいのだが…。



夏の早朝、涼しい風がゆるゆるとそよぐ中、ドイツは目覚めた。

「気持ちの良い朝だな…」
仕事に追われる平日が終わり、久々の休日の朝。
ドイツの寝覚めは、すこぶる良いものだった。

今日は、生産的な休日にしよう。まず犬達の散歩をしてから家の掃除を済ませ、それから庭の手入れをして…そうだ、読みかけの本があったな。あれを最後まで読んでしまおう。

ドイツは軽い朝食を摂りながら、自分の立てた実に生産的な休日の計画に満足の笑みを浮かべ、頷いた。
手元のコーヒーを飲み終えてから、計画通りに犬の散歩をして、戻って来てから家中をピカピカに磨き上げ、それから庭の芝を美しく均一に刈り、庭木の剪定に取り掛かった。



そこにイタリアがやって来たのだ。



「ねぇドイツ遊ぼうよぉ~~~~~」
駄目だと言っているのに全く諦める気配を見せずに延々と背中にじゃれつくイタリアを無視しながらドイツは思う。

せっかくの計画を台無しにされてなるものか!と。


そんなドイツの背中越しに携帯の着信音が響いた。

「もしもしー あ、フランス兄ちゃん、どしたの?」

…なんだと?
イタリアの声に、計画を遂行すべく黙々と動いていたドイツの手が止まった。

「え!ご馳走してくれるの?うんうん、今から兄ちゃんちに行けばいいんだね!」
ヒョイッと、イタリアの手から携帯が取り上げられた。

「え?あれっ!?」
携帯の行方を捜すイタリアの目に映ったのは、自分の携帯と、それを持っている無表情のドイツだった。

「もしもし」
平坦な声でドイツは電話の主に話しかけた。

「もしもーし、って え?ドイツ!?なんでお前が…」

フランスの質問を最後まで聞かずに、ドイツは言葉を続けた。
「すまんが、今イタリアは仕事中なんだ。お前の家には行けない。」

「えぇ!?なんでだよ、今日は休みだろ?」

「いや、仕事中だ。じゃあな。」
ちょっとぉ!お兄さんを蔑ろにしないでよぉ!!!!!というフランスの声は、哀れ、折り畳まれた携帯の中に消え去ってしまった。

相変わらず無表情のまま、携帯を差し出すドイツに、イタリアは一抹の恐怖を感じ、引き攣った笑顔を浮かべた。
「…あの、俺、今日はお休みだよ?えっと…仕事って…」

「たった今、お前には仕事が出来た。庭木の剪定を手伝え。」

「え~!?だってせっかくのお休みなのに…」

「それが終わったら、」

ドイツは、少しバツ悪そうにイタリアから視線を逸らしてため息交じりに言った。
「サッカーに付き合ってやる」

「ほんとに?わーい!やったぁ!!!了解!手伝い頑張るであります!」

満面の笑みで応えるイタリアを見て、ドイツはほんの少しの苦笑いを浮かべた。
結局、ペースを乱されてしまった。本の続きを読むのは、また今度だな…。

庭木の剪定を終わらせてから、二人は公園でひとしきりサッカーをして、ドイツの家への帰り道でジェラートを食べた。
帰り着いて、ドイツがシャワーで汗を流す頃には、もうとっぷり日が暮れてしまっていた。

「全く…」

シャワーを浴びながら、ドイツは呟いた。
なんだかんだと、今日もまたイタリアに振り回されてしまった。だが…
何故だろう、悪い気はしないのだ。むしろ、心が満たされている。

それは、立てた計画に沿って目標を達成したときに得られる充足感を、遥かに上回る感覚だった。
しかし、ドイツは同時に小さな危機感も覚えていた。

駄目だと言っても聞き入れないイタリアと、そんなイタリアを受け入れてしまう自分。
もし、これが有事の際だったら?それでも同じことを繰り返してしまうのではないか…

イタリアが俺の制止を振り切って勝手な行動をとった挙句、危険に晒されたら?
あいつに万が一の事があったら俺は…

「いかんな」

こちらが駄目だと言っているときは、その言葉をちゃんと聞き入れるように、イタリアには後でしっかりと話さなければ。そして自分自身も、もっと強い態度でイタリアと向き合わなくては…。

ドイツがそうして深く考えているところで、突然、ドアが開いた。

「おわっ!?」

「ドイツ―、俺もシャワー浴びるねー!」
呑気にそう言いながらイタリアは浴室に入って来た。

「ちょっ…!おまえっ!シャワー中は入ってくるなと何回言えば解かるんだ!!!」

「えー、だっていっぱい汗かいちゃったからベタベタして気持ち悪いんだもん。大丈夫だよー、一緒にシャワー浴びようよー」

「何が大丈夫なんだっ!全くお前はいつもいつも…っ!」

「わはー!気持ちいいー」
ドイツの言葉は、まるでシャワーに洗い流されているかの如く、全くイタリアの耳に届いていない様子だ。

ひとの話を真面目に聞かんかぁああああああああ!

こめかみにビキビキと青筋を立てながらドイツはそう喝を入れるべく、イタリアの肩を掴もうとして、   
息を呑んだ。

無邪気に流水を浴びながら笑っている目の前の青年の姿が、あまりにも艶めかしかったからだ。

ドイツと比べて格段に華奢な肩のラインや背中を伝う水滴が、腰から足へと流れ落ちてゆく。
濡れた髪の先は、ライトに照らされて艶やかに光っていた。

ドイツの中の何かが、プツリと切れた。

「イタリア」
ドイツはイタリアを背中から強く抱き竦めた。

「えっ!?なになに???」
突然のドイツの行動に戸惑うイタリアを、更に強く拘束しながらドイツはゆっくりと、そしてしっかりと、言葉を噛み締めながら言った。

「シャワー中に、入ってくるなと、俺は何度も言ったよな」

「う、うん…だけど俺、汗でベタベタして気持ち悪かったから…」

そのイタリアの言葉を遮るように、ドイツは言葉を続けた。
「シャワーの事だけではないな。お前はいつも、俺が駄目だと言う事を、全く聞かない。」

「…ごめんなさい。でも、」

「でも、じゃない。駄目だと言っているのを無視すると、どういう事態を招くか、考えた事はあるか?」
そう言うドイツの鼻先を、ふわりと夏草の匂いが掠めた。
剪定のときに付いたのか、サッカーの後、芝生に寝転んだときに付いたのか…栗色の髪から香るそれが連想させる健康的なイタリアの姿が、今ここに居る裸体の彼の艶めかしさを際立たせる。

「…ない…かも」
イタリアは小さくそう呟いた後すぐに、早口で弁解しようとした。

「でも、これからはちゃんと駄目だって言われたことは聞くようにっ…」

それ以上の発言の機会を、イタリアは与えてもらえなかった。
ドイツが腕を掴み、強引に前を向かせて、深く口づけたからだ。
作品名:夏の休日 作家名:スープ