夏の休日
「んんっ…」
言葉を奪われ、もがくイタリアに構わず、ドイツは一層深い口づけを続けた。差し入れた舌で口内全てを蹂躙し尽くすかの様に、強く、深く。それは長時間続いた。
ようやくその状態が解かれたのは、イタリアが酸欠状態に陥る寸前のことだった。
「…はぁ…はっ…ひどいよ…どいつ…おれ、しぬかとおもっ…た…」
浴室の床に崩れ落ち、うっすらと涙を浮かべ、肩で息をしながら訴えるイタリアにドイツは淡々と告げた。
「そうだな。酷いだろう? 俺はこういう事態を避けたかったから、シャワー中に入ってくるなと言ったんだ。お前はそれを無視したよな?」
ドイツは、クイッと指先でイタリアの顎を持ち上げ、目線を合わせた。
「駄目だと言うのを聞かなかったらどうなるか、お前には徹底的に教える必要があるな」
その言葉に、潤んだへーゼルの瞳は怯える様に揺れ、大粒の涙をポロポロと零し始めた。
「………ごめん…なさい」
小さく呟く声は、ただただ恐怖に染まっている。
その様に、劣情と怒りに占領されていたドイツの胸が、ツキンと小さく痛んだ。
少々やりすぎたか…
「…もういい。早くここから出ていけ。」
ドイツはイタリアから目を逸らし、感情と身体に宿った熱を洗い流すべく、改めてシャワーを浴びようと立ち上がった。
その背に、イタリアが飛びついてきた。
「!?」
ドイツには、イタリアの行動の意味が理解出来ない。
「ごめんね…ごめんなさいドイツ」
イタリアは泣き声のまま、言葉を続けた。
「…おれが、ドイツの言ってること、聞かなかったから怒ってるんだよね…?ごめんなさい、これからはちゃんと聞くから…」
ドイツにしがみ付く腕の力がキュッと強まった。
「だから…嫌いにならないで」
背中に顔を埋め、エグエグと泣きじゃくるイタリアの言葉に、ドイツはクラリと眩暈を覚えた。
嫌いにならないで、だと?
俺がお前を嫌いになる、だと?
ドイツはイタリアを抱き寄せ、唇にそっと触れるだけのキスをした。
それは先程の蹂躙するような口づけとは真逆のものだった。
「ふぇっ…?」
イタリアは、そのキスの真意が解からず、きょとんとした。
「嫌いになど、ならん」
ドイツはイタリアを真っ直ぐに見つめて、静かにそう言った。
「でも、ドイツすげー怒ってて、俺、嫌われちゃったんだと思って…」
まだ泣きべそをかくイタリアの涙を指で拭いながら
「怒っていたのはお前が…」
そこまで言って、ドイツは耳まで赤く染めて顔を伏せた。
「お前が、心配だからだ」
ボソリと呟いてから顔を上げたドイツは一気に捲し立てた。
「昔からそうだが、お前はいつもいつも俺の忠告を聞かずに勝手な行動ばかりして、危なっかしくてかなわん!見ているこっちは心配で寿命が縮まりそうだ!」
ドイツは腕の中のイタリアを改めてギュッと抱きしめた。
「頼むから、俺をあまり心配させないでくれ…」
そう口にすれば、余計に愛おしさが募る。
俺がこいつを嫌いになど、なれる訳がないだろう…
ドイツはもう一度イタリアに口づけようとして、ハッと我に返った。
「いかんいかん!」
「えっ!?なに?どうしたのドイツ?」
抱きしめていた腕を突然解き、自分を押しのけるドイツにイタリアは驚いて訊ねた。
「いいから、もうお前はここから出ろ!」
「えー!?何でだよ?」
「言っただろう、駄目だと言っているのを聞かないと酷い目にあうぞ!なんでもいいから早く出ていけ!」
ドイツはイタリアの背をグイッと押し、ドアの方へ追いやろうとしたが、それに抵抗しながらイタリアはさらに訊ねた。
「酷い目ってなんだよ、わかんないよぉ!」
「だから!お前がこのままここに居ると俺がお前に酷い事をしてしまいそうなんだっ!!!」
次の瞬間、ドイツの頬にイタリアの唇が触れた。
「なっ!」
不意打ちの攻撃に固まるドイツの首に、イタリアは両腕を巻きつけた。
「ねぇ、ドイツ、それ多分、酷いことじゃないよ」
イタリアはふにゃりと笑い、愛おしそうにドイツの碧い目を見つめた。
「ありがとうドイツ、ドイツが怒ってたのは俺のこと心配してくれてたからだったんだね。俺、てっきり話を聞かない俺のことを嫌いになって怒ったんだと思って…」
イタリアはほんの少し、長い睫毛を伏せた。
「あのね、ドイツ、俺にとって一番怖くて酷い事は、ドイツに嫌われることなんだ。それと、俺の傍からドイツが居なくなっちゃうこと」
「…イタリア」
頬を赤らめながら、上目遣いでイタリアは言葉を続けた。
「一緒に居させてくれないかな、何でもするから…」
…なんだ?この可愛い生き物は?なんなんだ!?
ドイツの頭の中でそんな言葉が無現リピートされる。
こいつは、こんな非常識な場所での俺の欲望を受け入れようとしてくれているのか?
いや、それどころかこれは、飢えた獣の前に自ら食べて下さいと願い出ている小動物のようではないか。
そんなもの…そんなもの…答えは決まっているだろう!
「Ja!」
「ほんとう?うれしい…」
満面の笑みを浮かべるイタリアをドイツが押し倒そうとしたその時、
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンp…
と、玄関の呼び鈴の激しいピンポンラリーが響き渡った。