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治療薬

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午後の最後の患者という言伝と共にIDを入力したカジャは、表示された名前に眉を顰めた。
「なんのつもりだね、大尉」
 間を置かず診察室に踏み入ってきた広い歩幅に、カジャはうんざりと書面から顔を上げず溜息をついた。
「患者に向かってそれはないんじゃねえの?」
「どこも患っていないものに医者は必要無く、医者もまた必要としない者に割く時間は無い」
 ナース達の騒ぎにいち早く気づいていればよかった。ルシファードが現れれば、それだけで病院は騒ぎになる。カジャは手早くミーハーなナース達を下がらせ、個室は良くも悪くもルシファードと二人きりになった。
「一応、患者として来たんですけどね」
「君の肉体に異常は見られないが?」
「触れなくてもわかるなんて、さすが主任殿」
「何が言いたい」
 ルシファードは長い髪を揺らしてカジャの目の前に腰を下ろした。白を基調とした診察室にはこの大尉の姿は異質に見える。
「ちょっと体調悪くてな。だったら医者に診てもらえってライラが」
「脳はここでは治らんよ」
「別に頭が悪いわけじゃないんですけど、って、久しぶりなのに機嫌悪いなあ」
「貴様が私の気分を害しているということには気づけないようだな」
「寂しかった」
 くん、と大型犬はしおらしく鼻を鳴らした。
「……くだらん」
 カジャはようやく顔を上げた。自分がどんな情けない顔をしているのか自覚があるので、ルシファードに表情を晒すのが純粋に恥ずかしかった。
 さらに、目の前で大柄の獣は上着を脱ぎ始めたので、カジャは恥ずかしがるタイミングを失い、言葉も失った。
「なっ。なにを……」
「だーかーらー、診察してもらうために来たんだろ?」
「どこも悪く無いと言っていたではないか!」
 気色ばむカジャをよそに、ルシファードはさらりとシャツを肩から落としてしまう。しつこくない筋肉が綺麗に覆う肉体は軍のマッチョ達とは違う。引き締まり、機能的な美しさが漂っている。
「脱ぐな!」
「診察してくれよ」
 カジャが首から下げていた聴診器の先を拾い、ルシファードは最後の押しとばかりにスクリーングラスを外した。
「……お、オスカーシュタイン、大尉……」
「寂しかった、って言っただろう?」
 ルシファードの手が、カジャの細い指を力強く掴んだ。


「恥ずかしくないのかね。その年になって、お医者さんごっこがしたい、というのは」
作品名:治療薬 作家名:七月かなめ