治療薬
「恥ずかしいってよりも、むずがゆくわくわくする感じ?」
「趣味が悪い」
「おねがいします、先生」
甘えた声で強請るルシファードに、カジャはついに折れた。聴診器で、順にルシファードの体に触れながら、おざなりに問診した。
「で、どこが悪いんですか?」
「胸が」
「胸?心臓が悪いのか?……力を使えば負担がかかる。封じられているのだから、無茶はするな」
「心配してくれるのか?」
ひんやりする聴診器の珍しい感触になのか、自分の身を案じてくれるからなのか、ルシファードは照れるように笑った。
「冗談で言っているんじゃない」
「わかってる。ちゃかしてすまない。でも、そういうんじゃないから安心してくれよ」
「……では、何故胸が?」
「わくわくしてるのとは違う。ドクターを目の前にすると、胸がどきどき痛くなる」
確かに聴診器越しからは、早い胸の鼓動が伝わっていた。カジャは恐る恐る顔を上げ、尖った顎で目線をとめた。
「治療薬を貰いに来ました。ドクター・ニザリ」
「っ……、そ、んなものはここには無い!」
「あるでしょう?それを貰いに来たんですよ。ああ、嫌だと言っても無駄ですよ」
「拒否権は、無いのかね」
「嫌がっていないものを、拒否もなにもないでしょう」
「嫌な男だ」
「好きだよ、カジャ」
裸の胸に抱きすくめられたカジャは、悔しげに喉を鳴らした。
「服を、着たまえ」
「なんで?」
「獣は服を着ないが、貴様は一応外見だけは人だからだ」
「ん?そりゃ確かにそうだな」
「それにここは、……診察室だ。鍵は掛からない」
「ん?そりゃさすがにまずいよなあ」
「オスカーシュタイン大尉、君は健康体だよ。だから離したまえ」
「逃げないでくれますか?」
「……逃げない」
「でも、もう少し。ドクターの体、ふわふわしててあったかいんだよなあ。癖になるよ」
「私は迷惑だ」
カジャは重々しく溜息をついた。しばらくは離そうとしないだろう。そっと、カジャは手を背に回した。気配だけで、ルシファードが嬉しそうにするのがわかった。
「……君が最後の患者だが、まだ私には仕事が残っている。一時間後、部屋にいく。それまで待っていろ」
「わかった」
子供のような純粋さで、ルシファードは身を引いた。
「……それから、今度は先に連絡をよこしたまえ。私も毎日暇ではないんだ」
「ああ。悪かったな」