ドタイザ詰め合わせ
ばかな男たち(門臨)
しいんと沈みきった空気を震わしたのは彼のほうだった。俺はね、と彼――新宿最強の情報屋・折原臨也は切り出した。 ……門田の与り知らぬことではあるが、彼はどうやら怒っているらしかった。
よく見知ったアパートの一室、門田家のリビングで神妙にふたり膝を突き合わせている絵面は、生憎第三者の視点で見ることは叶わないが、 なかなかシュールなものだろう。門田は他人事のようにそう考える。相対する臨也は「俺は今怒っています」とその表情全体でアピールしていた。 釣り上がった眉、寄った眉間の皺、睨み付ける赤みがかった眼、への字に結ばれた唇。元のよさもあって役者のように綺麗な怒り顔だ。
「俺はね、ドタチン」
臨也は改めて口を開いた。これだけ「俺は怒っています」アピールをしているのに門田が少しも悪怯れないものだから、少々毒気を抜かれたようだった。 一度目より幾分呆れが多く含有された、溜息のような咎め立てである。
「俺はかなり寛容な人間だからさぁ、ある程度のことなら騒ぎ立てせずに容してあげるよ? そこらのバカで煩くてプライドだけが無駄に高い、そんな女たちとは違うからね。 携帯から他の女のアドレスを消せとか、話すなメールするな電話するな会うなつるむな遊ぶな触らせるな触るな優しくするな笑うな一緒にご飯なんてもってのほか!、 なんてことは一切ないよ?」
「そうか」
臨也が30秒喋れば門田はそれに2秒で返す。一見成り立っていないように見えるこのコミュニケーションが本人たちにとっては日常である。
だがそのいつものシンプルな、だからこそ臨也が好む簡潔な解答さえ、今の彼の神経を逆撫でするものに他ならない。
「そうか、じゃないでしょ!!!女はいいよ女は!賢しそうに見えてバカで愚かだ、だからこそ俺は彼女たちを愛してる。 あ、勿論ドタチンとは全く別の次元、感情でね。…っていうかさ問題はそこじゃないわけ。分かる? 分かんないだろうねぇ俺がここまで怒ってる理由さえ君は分かってないんだろうしさぁ。ほんとやんなっちゃうな、君って人間は。 ……いいよ、なら鈍感なニブチンのためにはっきり云ってあげるからね、よく聞いて自分の行いを反省するように!」
とうとうその生白い細い腕で向かい合った門田の胸に男子高校生がふざけてやるようなストレートを食らわせ始めた臨也は、腕とは比べものにならないスピードで喋る。 感心半分、呆れ半分で門田はその言葉の洪水とストレートを受けとめる。
「ドタチンはほんと男に人気ありすぎ!かっこよすぎ!もうほんとに野郎に優しくしないでばかちん!!!」
――なんだコイツ。
一際強い右ストレートを握りこむことで封じて、自分よりひとまわり小さな臨也を抱き込みその唇にキスをする。話す最中ずっと尖って、キスをせがんでいた唇だ。 そっちこそ眉目秀麗、老若男女問わず引っ掛けていく天然モノのタラシのくせによく云う。
そんな言葉はキスのとき舌と一緒に臨也の中に突っ込んで、門田はただ、臨也が好む、シンプルで簡潔な言葉をひとつ。
「そうか」
不満そうにまた開きかけた口にまた舌をねじ込む。右ストレートは見る影もなく、絡んだ指と指だけで浮かれたラブストーリーがほら完成。 ねだるように絡み付く華奢な指に口付けて、さて愛しましょうか。
夏、自室、男ふたりで馬も食わぬなんとやら。
2010-07-24