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カトリーヌ

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 食事でも作ってもらうかと台所に入ると、サンジのアホが半泣きの声で騒いでいた。朝っぱらからうるせぇヤツだ。
「カトリーヌがっ」
「あ?」
「だから、カトリーヌが壊れちまったンだっつーの!」
 ヤツの腕の中に抱えられた象牙色した丸いフォルムのそいつを見つめる。
「……それ?」
「そう、これ」
 サンジの腕の中に、がしっと抱きしめられているそれは、いわゆる電気炊飯器ってシロモノだ。昔ながらの長屋風な造りのうちの台所で、長いこと米を炊くのに使っていた。
「ついに、寿命が来ちまったか」
 冷静に呟くおれを睨みつけ、そのままサンジは炊飯器に頬ずりし始める。
 キモいな、おい。
「つーか……。カトリーヌ?」
 その腕の中の炊飯器を指差して、念のため、確認しておく。
「そう、カトリーヌ」
 サンジはそのまま炊飯器に顔を埋めた。いや、フタは閉めたままだったから、埋めたというかぶつけたというか、まあ、なんかそんな感じ。
「てめぇ、頭の病院に行ってこい!」
「なんでだ。普通つけるだろ、名前くらい」
「つけるか!」
「アンタだって、つけてンだろ?」
 まるで、そうするのが常識だろといわんばかりの声音で言われて、おもわず商売道具の数々が脳裏に浮かんだ。サンジの商売道具はナベやら釜やらそんなんだが、おれは歯科医だから、商売道具といえばタービン、ピンセット、ミラー、メス、などなど。
 名前? 名前ってなんだそりゃ。
「つけてねぇよ。……てか、じゃあ、この台所中の道具すべてに名前をつけ
ているとでも?」
「当たり前だ!」
 と至極自然に笑顔で答えるお前が、ものすごくイヤなんだが。
 ここまでの会話を反芻して、げんなりしちまった。
「例えば、あの薬缶はヴェロニカ」
 聞いてもいねぇのに、嬉しそうに解説し始めるから、ついこっちも付き合っちまう。
「えーと、じゃあ、これは?」
 顎をしゃくって、すぐ目の前のシンクに転がってた和包丁を指してやると、
「それは、マサコさん」
 ……随分と単純だな。
「そっちのフライパンは?」
「フランソワ」
 ……あまりにもくだらねぇので、以下は省略。
 大体さ、おれ、なんで台所まで来たんだっけ?
 アホな台詞の応酬に、用事を忘れちまったじゃねぇかよ。
「でもって、素材はみんな、ゾロ、と呼ぶことにしてンだけど」
「……いっぺん、死んでこい!」
 殴りつけて、直ちに台所を後にした。
 アホに付き合ってると、こっちまで頭が沸いてきちまう。
 だいたいなあ、仕事前に調子狂わせやがって。
 治療中に手元狂って患者に怪我でもさせたら、てめぇのせいだからな!

 職場というか、開業先の診療所は、この古い家のすぐ隣に併設しているこれまた年季の入った木造の建物。由比ガ浜駅に程近いこの診療所は、祖父さんの代に開業し、その後一代飛ばしておれが跡を継いでいる。
 海岸からの風が吹きつけるたびにガタガタと揺れる木戸をくぐって、今日の診察の準備を開始。一本一本治療用の器具を確認してる間、ついうっかり、あのアホの台詞を思い出しちまう。
 まあ、自分の商売道具に愛着がないかって言われれば、もちろんナイはずは無い。だから、名前まで付けるのは異常だとしても、愛情持って道具に接するってのは、悪いことじゃねぇ……とは思う。
 ピンセットをつまみあげた。さしずめ、こいつはピン子ってとこか……?
 ……泉ピン子の顔がおれの脳内を占拠する。
 またまたげんなりだ。
「……アホめ」
 その場には居ないサンジに悪態をつきながら、ひとつずつ丁寧に消毒してく。うちみたいに小さい診療所では、歯科衛生士ひとり雇えやしねぇ。まったく。

 でだ。診察時間よりも休憩時間の方が長いんじゃねぇかってペースで働いて、夕方そのまま帰宅する。帰宅するっていったって、通勤時間は徒歩1分。
 診療所同様、ガタのきてる扉を真横に開くと、玄関先にちんまりとカトリーヌ……もとい、壊れた炊飯器が鎮座ましましてらっしゃった。
 明日、燃えないゴミの日だから、このまま処分しちまう気だろうか。
 靴を脱ごうと屈んだところで、視線が丁度、炊飯器の高さにそろった。
 そういえば――
 サンジが最初にこの家に転がり込んで来たときのことを思い出す。
 祖父さんが死んだ後、祖母さんと二人きりで3年あまりこの家に住んでいた。理由はよくわからんが、親は蒸発しちまって、残されたおれは一応歯医者を継ぐ約束で、ここで暮らすことになっていた。
 で、たった一人の身内である祖母さんまで死んじまった頃の話だ。
 家のことは何でも祖母さんに任せきりだったおれは、メシの準備もロクにできなくて、なんだか生きてるんだか死んでるんだかよくわからない調子で、日々を過ごしていた。
 とはいえ現代の社会、外食すれば済むことだし。クリーニング屋だってあるし、生きていくのに困るってほどのことはない。
 そこにどういう経緯だったか忘れたが――というよりむしろ、覚えてたくない記憶だったので、積極的に忘れることにしたンだが――この家に、サンジが転がりこんで来ることになった。
 まあ、古くて長細い造りだけれど、そうはいっても結構広い家だし、二階もあるし、もともと祖母さんと二人で暮らしてた家だったから、プラマイゼロで丁度いいし。
 それでサンジが来て最初の晩には久しぶりに台所に灯かりがついて、なんとなく一緒にメシを作るって流れになった。とはいえ、おれにはそれ程やれることはねぇから、とりあえず米でも炊いてろとサンジに言われ、それで昔学校で習った記憶を頼りになんとなく米を研いで、炊飯器のスイッチを入れた訳だ。
 なにしろ炊飯器だって祖母さんが使ってた古いものだから、一応電気で動きます、っていう程度のモンで、押しボタンなんかも3つくらいしかついてねぇ。
 正直に言えば、どれを押せばいいのか良くわからなかったんだが、サンジにモノを尋ねるのは癪に障るし。それにヤツのことだから、そんな初歩的なこと聞けば、すんげぇ馬鹿にしてくるだろ、って思うと聞くに聞けず。
 だから、ひとつふたつ適当に押して、一応ランプが付いたから、それで良し! みたいなことにしておいた。
 ……しばらく時間が過ぎて、久々に家の中に美味そうな匂いが漂い始めた。ピー、っていう音がして、どうやら米も炊けたらしい。サンジが鼻唄交じりに炊飯器を開け中を覗きこむ。ところが、その横顔が0.5秒後には凍りつくのを、おれはついうっかり見てしまった。
「あー。そうかァ……」
 そんな風に呟くサンジの真横に身体を寄せて、同じ角度で釜の中を覗き込む。素人のおれでもわかるくらい、米は炊けていない状態だった。ていうか、おれ、なにやっちまった……? と頭の中に、はてなマークが3つ4つ浮かぶ感じ。
 魚は焼けてるし、味噌汁はできてるし、煮物だか何だかほかにも4種類ほどのおかずが、完璧なタイミングで完成している。
 ああ、叱られるか馬鹿にされるか……。
 兎に角、嫌味のひとつふたつは覚悟してそのまま項垂れた。サンジはプロの料理人で、その仕事の手伝いをして足を引っ張っちまったんだから、なに言われても口答えするもんかと、いまだったら絶対に思わないようなしおらしいことを、そん時のおれは考えた訳だ。
作品名:カトリーヌ 作家名:黒澤七海