カトリーヌ
でも、サンジはなんにも言わず、おれの頭を軽くなでただけだった。
で、あっという間に軌道修正。10分後にはすっきり米も炊きあがり、その日以来、おれはメシを食いはぐったことはない――
そんなことを思い出したら、そのぼろっちい炊飯器がちょっとばかし愛おしくなって、ついつい腕を伸ばしちまった。
プラスチック製のすっかり艶を失ってしまった古びた表面を、指先でついっとなぞってみた。あのバカほどの執着はねぇが、言われてみれば、こいつには随分と世話になってきたんだもんな。
お疲れ様ってとこだな……と調子に乗って犬の頭でもなでるように、よしよしとなでてやる。
まあ、愛着が無かったといえば嘘になる。
毎日、台所の一角を占領して、メシ食わせてくれてたんだし。
すると――
突然、扉が横に開いて、誰かが入ってくる気配。
「たっだいま〜。あァ?」
「うっ」
中腰のまま腕を伸ばし、炊飯器を触る格好で振り向いたおれの眸と、ヤツの視線が交錯する。
サンジは両手でダンボールの箱を抱えていた。ヤマダ電機の包み紙の切れ目からはみ出しているのは象印のマーク。
そ、そいつはもしや、新しいカトリーヌ?
いやチガウ……なに、カトリーヌとか言ってんだ。
てか、炊飯器……もう新しいのを買ってきやがったのかよ。
てめぇは、どんだけ、切り替え早いんだ。今朝は死にそうな声で別れを惜しんでいやがったくせに。睨みつけると、
「アンタ案外、情が深いんだなぁ」
そう呟いて、にやりと笑うサンジの顔。
うるせぇ、知るか!
この浮気者め。