ひあそび
「冷っ……」
冷たい雫が背中に垂れて、ぶるりと体が震えた。耐えようとはしたけど、火照った体によく冷えた水滴は思ったよりも堪え。それでも初めの一滴だけで、その後もビニールの表面に沸いた水滴は二滴、三滴落ちたが、それにはなんとか耐えることが出来た。
「我慢してください、先輩」
青葉君は、氷水でよく冷やしたタオルを僕の背中一面に貼り付けている。背中は見えないけど、青葉君の話では真っ赤だという、腕も、顔も、肩も真っ赤に染まっているから、背中もそうなのだろう。
「冷たいよ、痛いし……」
特に一番酷いという肩には、臨也さんが作ってくれたビニール袋に氷が沢山詰まった氷嚢が置かれている。タオルはまだ心地よいけど、こちらはずっしりと冷たい、たまに青葉君は肩から放して、タオルで覆われた全身や、顔に氷嚢を押しつけてくる。冷たくて気持ちいいのは最初だけで、今はその冷たさに身が震える。
「でも、ここで処置しないと辛いの先輩なんですよ」
青葉君はマメだなと思う。今も痺れるくらいに冷えた氷水で冷やした新しいタオルを背中のタオルと交換している。こまめにタオルを換え、氷嚢も全身に当て、火照りの落ち着いた頬には、スプレー式の化粧水を拭きかけてくれる。
「それどうしたの?」
「母が持って行けと……」
海に行くのなら持って行きなさい、渡されたモノの中に入ってたのだと青葉君は言った。使うことはないだろうと思っていたが、こうして活用させて貰っている。
「あっ、痛っ……」
口を開いた瞬間、引きつった感触に痛みを覚えた。小さな溜息をついたその化粧水を青葉君が拭きかけてくれた。
「日焼けと言っても火傷ですから、保湿が必要なんですよ」
疼痛は頬だけでなく、肩もひりひりと痛む。たった半日だけ外に出ただけなのに、どうして自分だけこんな目に合うのだろうか、青葉君も、臨也さんもパーカーを羽織っていたけど、僕は何も持って来なかった。海でそんなモノ必要だなんて思ってなくて、臨也さんも、青葉君も泳がないときは日焼け止めとか塗ってたけど、海中やパラソルの下に居るから平気だと思っていたのだ。
夏の陽射しはそんな甘いモノではないと思い知らされた。
「ありがとう。青葉君」
手を挙げようとしたが、ズキリと肩が痛んだ。心配げに顔を近付けてきた青葉君が、肩をじっと見つめている。
「ここはちょっと酷いですね」
「うん」
肩の一番痛む所に青葉君が、氷嚢を当ててくれた。
「あの人が薬買ってきてくれるそうですから、我慢して下さい」
「臨也さんには悪いことしちゃったな……」
「こんなの悪いことに入りませんよ」
「青葉君って臨也さんには、辛いよね」
「辛くもなりますよ…………」
臨也さんと、青葉君のやりとりをみていると、古くからの知り合いなのではと思うときがある。でも、お互いに僕が引き合わせたのが初対面だと言う。なのに、初めから青葉君は臨也さんには厳しかったし、確かに新宿の情報屋さんというのはうさんくさいだろうけど、臨也さんも同じ来良の後輩で僕より可愛いだろうに、なんだか冷たかった。
タオルやら、スプレーやら、こまめに作業しながら、青葉君はうーんと、小さくうなり声を上げた。首を動かすと肩が引きつるから心持ち顔だけを傾けてみた。首筋に鼻先を押しつけるように青葉君は囁いた。
「やっぱり、跡付ければ良かったですね」
本当は顎を肩に置きたいんだろうけど、よくそれを青葉君はするから、今は僕の肩を労ってか顔を近付けるだけにしてくれている。
「なんでそうなるのかな?」
「そうすれば、上着着たでしょうから」
それではまるで僕が着ないと言い張ったみたいではないか、単に僕の中で必要性を感じなかっただけだ。思えば、海のない田舎で暮らしていた僕は、海とか旅行とかは無縁なモノだった。修学旅行だって、前日に熱を出して参加出来なかった。やっと、田舎から離れて池袋に住むことになってから、出かけることが増えたけど、それまでは中々出かけることは出来なかった。
だからと言うわけでもないが、僕にはそういう経験が足りなかったようだ。次があれば僕だってパーカーを持って行く。
実家に居たときはなんでも母親が準備してくれたが、今は何もかも自分がやらなくてはならない。旅慣れしていないこともあるが、今回の小旅行は急に決まったことも有って僕には満足いく準備は出来なかった。臨也さんなんかは、足りないモノは現地調達だよと言うけど、学生としては気が引けるのだ。このホテルも交通費も全て臨也さんが出してくれた。勿論、青葉君の分もだ。臨也さんは、自分が行きたかったから気にしないでくれと言うけど、気にしなくて済む金額ではないことも解っている。
青葉君なんかは、勝手に向こうが連れてきたのだから、奢られましょうよと言うけど、僕としてはあまり臨也さんに借りを作りたくない。
それでも、来てしまったのは旅行に誘われたことが嬉しかったからだ。僕では泊まることはないだろう、この豪華なホテルの一室も、窓から望む海岸も全て臨也さんが用意してくれたのだと思うと嬉しい。
「それだと、泳げなくなるじゃないか」
海水浴に行こうと誘われたのだ。なのに、泳げないのならば話にもならない。
「海の中ならバレませんよ」
「そこに行くまでが一番問題じゃないの?」
「そうですね。でも、此処ならどうですか?」
青葉君はTシャツを着てるけど、僕は背中を冷やしてることもあって短パンだけを履いている。脚も少し日焼けしてるから、こちらも冷やしたり、保湿したりは続いている。それでも、海中にいたせいか、上半身に比べればたいしたことはない。
スプレーで保湿しようとしていた手を止めて、青葉君の顔が股間へと近付いていく、正直嫌な予感しかしない。
「ちょっと、なにするの」
でも、身を捩ることも出来ない僕はなすがままだ。短パンのゴムに指を掛けた青葉君は、くいっと引っ張ると僕の体には白と赤の綺麗な境界線が出来ていた。
そのギリギリのラインに青葉君は唇を押し付けると、軽く音を立てながら薄い皮膚を吸い上げた。日にも当たらない、隠された部分がうっすらと鬱血する。その色は同じ赤でもって日焼けとは違っていた。
「もう、青葉君強引だよ。そういうとこ」
「先輩には負けますよ」
まだ吸い足りなさげな青葉君を払って、僕は短パンを引き上げた。これ以上下はなんだかそれだけではすまない気がする。
「それにしも、そこじゃ無意味じゃないの?」
跡があれば上着を着るだろうって話なのに、確かに隠れた場所では意味がないはずだ。
「そうですね。じゃ、意味のあるとこに付けますね」
「ちょっと青葉君」
どうやらそういう策略らしい、胸元に顔を押し付ける青葉から逃れようとした時、コンコンとノックの音が聞こえた。
小さく舌打ちしながら、青葉君は扉を開けに向かって行った。
「ただいま。薬とパーカー買ってきたよ」
綺麗な声が聞こえた。青葉君が部屋のドアを開けに行ってくれた。本当は僕が迎えに行きたかったのだけど、背中にタオルを貼り付けている今、容易には動けないのだ。
「すみません、臨也さん」
振り返ることも出来ずに申し訳なさげな声で臨也に告げれば、背後から冷たい何かを頬に押しつけられた。
冷たい雫が背中に垂れて、ぶるりと体が震えた。耐えようとはしたけど、火照った体によく冷えた水滴は思ったよりも堪え。それでも初めの一滴だけで、その後もビニールの表面に沸いた水滴は二滴、三滴落ちたが、それにはなんとか耐えることが出来た。
「我慢してください、先輩」
青葉君は、氷水でよく冷やしたタオルを僕の背中一面に貼り付けている。背中は見えないけど、青葉君の話では真っ赤だという、腕も、顔も、肩も真っ赤に染まっているから、背中もそうなのだろう。
「冷たいよ、痛いし……」
特に一番酷いという肩には、臨也さんが作ってくれたビニール袋に氷が沢山詰まった氷嚢が置かれている。タオルはまだ心地よいけど、こちらはずっしりと冷たい、たまに青葉君は肩から放して、タオルで覆われた全身や、顔に氷嚢を押しつけてくる。冷たくて気持ちいいのは最初だけで、今はその冷たさに身が震える。
「でも、ここで処置しないと辛いの先輩なんですよ」
青葉君はマメだなと思う。今も痺れるくらいに冷えた氷水で冷やした新しいタオルを背中のタオルと交換している。こまめにタオルを換え、氷嚢も全身に当て、火照りの落ち着いた頬には、スプレー式の化粧水を拭きかけてくれる。
「それどうしたの?」
「母が持って行けと……」
海に行くのなら持って行きなさい、渡されたモノの中に入ってたのだと青葉君は言った。使うことはないだろうと思っていたが、こうして活用させて貰っている。
「あっ、痛っ……」
口を開いた瞬間、引きつった感触に痛みを覚えた。小さな溜息をついたその化粧水を青葉君が拭きかけてくれた。
「日焼けと言っても火傷ですから、保湿が必要なんですよ」
疼痛は頬だけでなく、肩もひりひりと痛む。たった半日だけ外に出ただけなのに、どうして自分だけこんな目に合うのだろうか、青葉君も、臨也さんもパーカーを羽織っていたけど、僕は何も持って来なかった。海でそんなモノ必要だなんて思ってなくて、臨也さんも、青葉君も泳がないときは日焼け止めとか塗ってたけど、海中やパラソルの下に居るから平気だと思っていたのだ。
夏の陽射しはそんな甘いモノではないと思い知らされた。
「ありがとう。青葉君」
手を挙げようとしたが、ズキリと肩が痛んだ。心配げに顔を近付けてきた青葉君が、肩をじっと見つめている。
「ここはちょっと酷いですね」
「うん」
肩の一番痛む所に青葉君が、氷嚢を当ててくれた。
「あの人が薬買ってきてくれるそうですから、我慢して下さい」
「臨也さんには悪いことしちゃったな……」
「こんなの悪いことに入りませんよ」
「青葉君って臨也さんには、辛いよね」
「辛くもなりますよ…………」
臨也さんと、青葉君のやりとりをみていると、古くからの知り合いなのではと思うときがある。でも、お互いに僕が引き合わせたのが初対面だと言う。なのに、初めから青葉君は臨也さんには厳しかったし、確かに新宿の情報屋さんというのはうさんくさいだろうけど、臨也さんも同じ来良の後輩で僕より可愛いだろうに、なんだか冷たかった。
タオルやら、スプレーやら、こまめに作業しながら、青葉君はうーんと、小さくうなり声を上げた。首を動かすと肩が引きつるから心持ち顔だけを傾けてみた。首筋に鼻先を押しつけるように青葉君は囁いた。
「やっぱり、跡付ければ良かったですね」
本当は顎を肩に置きたいんだろうけど、よくそれを青葉君はするから、今は僕の肩を労ってか顔を近付けるだけにしてくれている。
「なんでそうなるのかな?」
「そうすれば、上着着たでしょうから」
それではまるで僕が着ないと言い張ったみたいではないか、単に僕の中で必要性を感じなかっただけだ。思えば、海のない田舎で暮らしていた僕は、海とか旅行とかは無縁なモノだった。修学旅行だって、前日に熱を出して参加出来なかった。やっと、田舎から離れて池袋に住むことになってから、出かけることが増えたけど、それまでは中々出かけることは出来なかった。
だからと言うわけでもないが、僕にはそういう経験が足りなかったようだ。次があれば僕だってパーカーを持って行く。
実家に居たときはなんでも母親が準備してくれたが、今は何もかも自分がやらなくてはならない。旅慣れしていないこともあるが、今回の小旅行は急に決まったことも有って僕には満足いく準備は出来なかった。臨也さんなんかは、足りないモノは現地調達だよと言うけど、学生としては気が引けるのだ。このホテルも交通費も全て臨也さんが出してくれた。勿論、青葉君の分もだ。臨也さんは、自分が行きたかったから気にしないでくれと言うけど、気にしなくて済む金額ではないことも解っている。
青葉君なんかは、勝手に向こうが連れてきたのだから、奢られましょうよと言うけど、僕としてはあまり臨也さんに借りを作りたくない。
それでも、来てしまったのは旅行に誘われたことが嬉しかったからだ。僕では泊まることはないだろう、この豪華なホテルの一室も、窓から望む海岸も全て臨也さんが用意してくれたのだと思うと嬉しい。
「それだと、泳げなくなるじゃないか」
海水浴に行こうと誘われたのだ。なのに、泳げないのならば話にもならない。
「海の中ならバレませんよ」
「そこに行くまでが一番問題じゃないの?」
「そうですね。でも、此処ならどうですか?」
青葉君はTシャツを着てるけど、僕は背中を冷やしてることもあって短パンだけを履いている。脚も少し日焼けしてるから、こちらも冷やしたり、保湿したりは続いている。それでも、海中にいたせいか、上半身に比べればたいしたことはない。
スプレーで保湿しようとしていた手を止めて、青葉君の顔が股間へと近付いていく、正直嫌な予感しかしない。
「ちょっと、なにするの」
でも、身を捩ることも出来ない僕はなすがままだ。短パンのゴムに指を掛けた青葉君は、くいっと引っ張ると僕の体には白と赤の綺麗な境界線が出来ていた。
そのギリギリのラインに青葉君は唇を押し付けると、軽く音を立てながら薄い皮膚を吸い上げた。日にも当たらない、隠された部分がうっすらと鬱血する。その色は同じ赤でもって日焼けとは違っていた。
「もう、青葉君強引だよ。そういうとこ」
「先輩には負けますよ」
まだ吸い足りなさげな青葉君を払って、僕は短パンを引き上げた。これ以上下はなんだかそれだけではすまない気がする。
「それにしも、そこじゃ無意味じゃないの?」
跡があれば上着を着るだろうって話なのに、確かに隠れた場所では意味がないはずだ。
「そうですね。じゃ、意味のあるとこに付けますね」
「ちょっと青葉君」
どうやらそういう策略らしい、胸元に顔を押し付ける青葉から逃れようとした時、コンコンとノックの音が聞こえた。
小さく舌打ちしながら、青葉君は扉を開けに向かって行った。
「ただいま。薬とパーカー買ってきたよ」
綺麗な声が聞こえた。青葉君が部屋のドアを開けに行ってくれた。本当は僕が迎えに行きたかったのだけど、背中にタオルを貼り付けている今、容易には動けないのだ。
「すみません、臨也さん」
振り返ることも出来ずに申し訳なさげな声で臨也に告げれば、背後から冷たい何かを頬に押しつけられた。