ひあそび
「いいって、アイス買ってきたよ。食べよう」
「ありがとうございます」
渡されたビニール袋にはカップアイスが三つ入っていた。好きなの選んでいいよと臨也に言われ、食べたことのないフレーバーを一つ掴んだ。
残り二つのうち臨也さんは無造作に一つを掴んだ、残りは青葉君の物になるけど、彼はあまり気にしてないようだ。率先して選んだのが自分だけだと、気恥ずかしい。
一緒に袋に入っていた小さなスプーンでアイスを掬う。プラスチック製のものではなく、昔ながらの木製のスプーンだ。これだとスプーンまで冷えることもなくて僕は結構気に入っている。平らのままのスプーンは窪みもないから、食べるのもなかなか苦労するけど、その作業すら楽しい。板目をつるりと滑るアイスを逃がさないように食べるのだって、子供の頃は遊び感覚だった。
「食べづらいなら、フロントにスプーン持ってきて貰うけど」
端正な顔の臨也さんが、小さな木製スプーンをくわえている姿はどこか可笑しい。とても可愛いらしく思えて口元が緩む、彼にも子供の頃があったのだろうなと当たり前のことを思う。その当たり前の姿が思い浮かばないのが臨也さんという人建ち思う、ずっと生まれた時からこの姿であっても僕は驚かないと思う。
じっと臨也さんの顔を見つめていたら、優しく微笑まれて一気に顔に熱が戻ってくる。これは外からの陽射しのせいではなく、胎内から込み上げてくるもの、恥ずかしくて僕は話を逸らした。
「聞いてくださいよ、臨也さん。青葉君が酷いんですよ」
僕は臨也さんに今までの青葉君とのやりとりを話した。
「へぇー、確かにね、これ見ると跡付ければ良かったかな」
臨也さんは一番酷い肩の日焼けを見つめている。今、そこはアイスを食べ終わった青葉君が軟膏を塗っている。冷たくてべとつくそれは不快だけど、ヒリヒリした痛みが和らいでいく、他にも酷そうなところには塗布してくれている。なんだか、お母さんみたいだ。
「もぅ、臨也さんまでそんなこと言って」
笑う臨也さんは一点に注視すると、僕の下腹部に顔を寄せてからぴろんと短パンのゴムを引っ張った。
「それにしても、これどうしたの?」
白と赤の境界線には、まったく違う赤い痕が残っている。
「俺が付けました」
しれっとした声で青葉君は、僕の背中にローションを塗りながら言う。臨也さんが買って来てくれた日焼け処置用のローションはさらさらしていて気持ちいい。
「浮気禁止とか言ってたの帝人君じゃなかったけ?」
「そう……ですけど」
三人でそんな関係になってしまった時に、それを言ったのは僕だった。僕は臨也さんが好きで、青葉君は大切だからどちらかを選ぶなんて出来なかった。だから、とぢらも選んだ。一つを捨てることも、二つを捨てることも僕には出来ない。
「じゃ、お兄さんも付けていいよね」
「えっ、あっ、はい……」
そう悪戯に微笑む臨也さんの顔を見ると、僕には断ることなんて出来ない。青葉君もこれを狙ってたんじゃないかなって思う。彼等二人はよく言い争いみたいなことをしているけど、僕から見ると仲良く見える。そう言えば、二人は必死に否定するけど、すればするほど僕には怪しく思えるんだ。僕が知らないところで、二人が結託していてもおかしくないって思うときだってある。
「何処に付ければいいかな?」
「えっ……」
にやにやと人の悪そうな顔をしている。元が整っているとこんな表情でも様になるのが嫌だ、でも僕はこちらの顔の方が好きな気がする。いつもの人形みたいに整った表情よりも臨也さんの感情が表れているからだ。
「どうぞ……」
何処と問われも、僕の体は化粧水やら、ローションやら、軟膏が塗られていて口を付けられる場所なんてあまりない。
僕は股を開くと短パンの裾をたくし上げた。ふるふると内股が震えているのは、恥ずかしいからだ。よりによってこんなところを晒すなんて恥ずかしいけど、ここくらいしか安心な場所はなかった。
「そこでいいの……」
囁かれた声がふわりと肌を擽り心地よい、僕は臨也さんの頭を見下ろしながら、小さくどうぞと囁いた。
淡い唇が僕の内股に吸い付き、わざと音を立てている。青葉君は本当に軽く吸っただけだったけど、臨也さんは唇で挟んだり、舌先で舐ったりと忙しい。
「あっ…………」
抑えきれなかった声が漏れはじめて、体の奥底が燻っていると、まだ口を付けている臨也さんの柔らかい髪が僕の股間に触れて、それだけで胎内が沸き立つのが解る。
「ひゃっ」
氷嚢が頬に押しつけられて、冷たさに体が震えた。込み上げてきた胎内の熱が、一気に冷めていくのが解る。臨也さんにあんなとこを吸われて、落ち着かなくなっていたから、青葉君には助けられたのかもしれない。
「顔にも塗りますから、あと脚にも、だからどいてください」
毅然とした青葉の君の声と共に、その小さな手が股間に顔を埋める臨也さんをどかそうとしている。抵抗するかと思った臨也さんは、あっさりとそこから離れてくれた。
「あっ、ありがとう」
入れ替わりに今度は僕の脚の間に収まった青葉君が、ピンク色のローションを塗り込んでいる。
「しかし健気だね~ 君は……」
臨也さんが関心しているとは程遠い声で言う。どこか小馬鹿にしてような物言いは、存しているとしか思えないけど、僕はそんなところも気に入っている。
「先輩のためですから……」
青葉君は気にせず黙々と手を動かしながら、ローションを脚に塗り込んでいる。さらさらして気持ちいいし、化粧水や水よりもパサつく感じがしない。でも、こうしてはっきりと言い切れる青葉君は少し恥ずかしいと思う。そこには、臨也さんには秘密にしているけど、契約に基づいた関係なのだけど、こんな風にしているとそれ以外もあるのかなと思う。青葉君に言わせれぱ、契約だけじゃないですってことなんだけど、その方が恥ずかしいって思うのは僕だけかな、もし本当なら嬉しいって感じてる自分にも驚いた。青葉君も、臨也さんも、二人とも好きだからこんな風になったんだし。
「とか言ってさ、結構楽しんでるんじゃないの? さっきから触り続けてるし」
「あなたとは違うんですけど……」
また二人の言い合いが始まっている。ネット上で、田中太郎として、甘楽さんと話す時はこんな風に会話が出来るけど、臨也さんとしてはどうしてもポンポンと会話することが出来ない。どうしても、緊張して一言、一言に力が入る。だから、こんな風に臨也さんに気兼ねなく話せる青葉君が羨ましくて、遮るように口を開いた。
「青葉君、凄く処置が丁寧で、お母さんみたいで……」
「なんか、それ、嬉しくないんですけど」
確かに、母親に似ていると言われるのは侵害だろうなって思う手は動かしているけど、少し頬が膨れているのが可愛い。一つしか違わないけど、童顔の青葉君は弟がいたらこんな感じなのかなと思わせてくれる。
「でも、絵を描いている時の青葉君みたいだなっても思ったよ。黙々と作業しているのが…………」
でも、フォローしないとと、言った言葉は我ながら解らないモノだった。
「なんですか、それ」
手を止めて顔を上げた青葉君に、なんだか言い訳している気がすると僕は話しを続けた。