Ladybird girl
なんとか足に力を入れなおして、スカートの裾を整えて、踵を返した。一応は音をたてないようにしてドアを閉めた。ひとつひとつ階段を踏みしめて確実に降りて行った。カーテンの半端に閉められた窓から見える空はもうオレンジ色に染まっていてため息を吐いた。開いたドアの向こう、魔法の庭がもう冬も近いというのに深い緑に染まっていた。
アメリカは振り返らない。振り返ることを考えるだけで吐き気が込み上げてくるようだ。イギリスの声、震える息、ああそれと眼の端には光る流れすらなかったか。
そんなものたちは棺を取り囲む白い花のようにイギリスを覆っている。他人ならば窒息してしまいそうなほどの拘束の中でも目覚めない彼女は、やはり痛みを楽しんでいるのに違いない。
アメリカは痛みが嫌いだ。
だからこそ、忘れてしまったのだろうか?
「……痛い」
不用意に触れた蔓薔薇が指を刺す。こんな花までがアメリカを行かせたくないというイギリスの意志に反応しているかのようだった。
『これからは、眠れなくなったらあたしのところに』
(イギリスは今でも信じているのかな)
何度も何度でもイギリスはアメリカに近づいてきたのだとアメリカは知っていた。ただその理由だけを知らなかった。アメリカが覚えてなどいないことをイギリスが知らないはずもない。なのにまだ彼女が信じているのだとすれば、それは荒唐無稽に過ぎる話だった。なのにあの声がすべてを覆しているようにアメリカには思えた。すべてを覆したと思いたかった。
もうひとりの少女がいたとしよう。彼女が妹、としてイギリスと過ごした日々をアメリカは知らない。けれども今のイギリスを彼女は知らない。生徒会長の腕章をつけて上から見下ろす高笑いも、いつだってアメリカの横顔を追っていることも、それに気付かれたくないくせになにかあると口を出さずにはいられないことも、余計な親切をいつだって最後に押し付けてくることも、どうしたってアメリカを放っておけないことも、全てすべていまのアメリカの隣にあるものである。優越感はない。うっとうしいと思っているくらいだ。
すっかり暗くなった空を仰げば、何故か今は自然と振り返ることができた。明かりのついていないイギリスの窓を見上げる。
刺繍付きのカバーがかかった少女趣味のソファのどこに座れば気持ちよいかをアメリカは知っている。しかしそれは、もうひとつの重みがかかった上でこそ役に立つ選択だ。
つまり彼女は、彼女なりに今の居場所を気に入っていたらしかった。
作品名:Ladybird girl 作家名:しもてぃ