二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

Ladybird girl

INDEX|12ページ/13ページ|

次のページ前のページ
 

 そして、娘はとある図書館の尖塔から飛び降りたと言います」
「えっ……」
 どう聞いたところで彼女はイギリスのことだった。ならば娘というのはアメリカのことなのだろう。しかしアメリカにはフランスの話はまさしく遠い昔話、お伽話の類に聞こえた。身に覚えがあるだのないだのといった問題ではない。物語に自身が出演していることさえ、アメリカにはイギリスの存在からなんとか推測したに過ぎない。
 そして、あまりにも唐突で、自分のものと思えない結末。
 煙をくゆらせながらフランスが笑う。
「さあ、お姉さんのお話を信じてもらえるかしら?」


*


 よくよく考えれば、そこに「ある年若い国」の台詞はひとつもなかった。だからもしもアメリカが当事者だったとしても実感は湧きにくかっただろうし、すべてがフランスの創作だという証明にもなるかもしれない。
 最後の行動を除いては。
(ていうか、やっぱり気を失うべきなのはあたしだったんじゃない?)
 国の健康状態を左右する要素は、言うまでもない属国の政経情勢と、意外に忘れられがちだが無視できるはずもない自身の精神状態。人間というには周囲の影響を受けすぎている彼女ら、特にヨーロッパの連中は、ほんの少しだけの特殊性がゆえに人間とは違う場所に置かれ、扱われてきた歴史を持つせいで呪術を否が応でも取り込んでしまっている。イギリスなどはその最たる例だろう。
 逆にアメリカが生まれたころにはもうどのように国という生き物を扱うかはほぼ確定されていて、いちおうは象徴としての役割を求められたとはいうものの、それ以上でもそれ以下でもなかったし、何しろ子どもの姿をしていたものだから側の大人たちは必要以上にきちんと子ども扱いをしてくれたように思う。
 だから飛び降りたのが万が一アメリカだったとすれば、何も思い出せなくとも身体に残されている違和感が起動しそうなものなのに、と推測だけはしてみたものの、当のアメリカ自身がこの推論を信じていなかった。何も思い出せないのなら、別人でしかないに決まっている。
 だからアメリカは自分の中にもうひとりの少女が立ち上っているような錯覚を覚える。今の自分よりは少し幼い、金色の巻き毛に青い瞳をした少女。アメリカのあずかり知らぬ場所で、何を求めてか尖塔から墜落した少女。
(うーん、これはちょっとおとめちっくすぎる気がする)
 案外、イギリスの側がアメリカを突き落したのかもしれない。伝聞形でとはいえ、フランスは飛び降りたと断言している。その明確さが逆に怪しくもあった。イギリスを相手にしたとき、今は力比べで負ける気などしないけれど、昔ならばどうか?そしてあのイギリスがアメリカを突き落とそうと考えて、彼女の気持ち悪いくらい緻密な計画を立てて実行に移したとしたら?
 しかしこれも推論でしかない。口止めされているわけでもないフランスが話さず、アメリカは記憶を自分ではないと切り捨てた(だからこそ痛まないで探ることができる。痛いことがすきなのは断然イギリスのほうだ)。
 結局朝食を取り損ねたアメリカにフランスはブランチを作るつもりでいたようだが、スペインからの電話が入るといそいそと出かけてしまった。結果残された時間を携帯電話の充電器も携帯ゲーム機もなく過ごす羽目になったアメリカはテレビのチャンネルを回すことにも疲れて、結局はフランスの話を思い返すことになった。
 彼女がしたのと同じように天井を見上げてみても分かることはなにもない。そうして目の前に意識を戻せば、食い散らかされたデリバリーピザのケースとソフトドリンクの紙コップが散乱している中に、まだ残骸が残ったままの灰皿がある。舌打ちをしてアメリカは灰皿ごとダッシュボックスに突っ込んだ。フランスがどこを探してこれを手に入れたかはあまり考えたくない。
(狸寝入り、だったりはしないよね)
 暫く逡巡した結果、ベストのポケットに手を突っ込んで立ち上がる。そっと階段を上がり、一度は静かに閉じたドアを勢いよく開いた。
 イギリスはきちんとベッドの上に横たえられたままでいた。遠くから見ただけでは何も分からないので、アメリカは近づこうとは思ったものの、確かめるまでにはすこし逡巡が必要だった。アメリカは眠っているイギリスを見たことがない。だからあのとき、フランスのようにすぐには眠っているのだと判断できなかった。
 すこしだけ、何かを侵している気がする。その思いを慌てて打ち消した。アメリカがイギリスに遠慮する理由などどこにもない。むしろ寝顔に落書きをして、写真を撮るくらいしないと割に合わない。
 彼女の様子はアメリカの前で倒れたときとあまり変化していなかった。呼吸こそは整ったリズムを取り戻したものの、肌はまだ青白い色味を示している。解けられた髪は枕の上でいくつかの捩じれた流れを作り、額にはうっすらと汗をかいていた。それを拭うために何気なく伸ばされたアメリカの指がなにかに弾かれたように離れる。今まで何かに耐えるように噤まれていた薄い唇が開かれ幾度か咳を繰り返したあと、言葉のようなものを苦しそうに吐き出す様がまるでスローモーションのように感じられた。
 はじめはまるで言葉とも、音とすら呼べないようなものだった。それが音節になり、少しずつ繋がりを見せはじめ、と同時にイギリスの眉が苦しそうに寄せられていく。
 彼女はもがき続けた。
 アメリカは凍りついたように立ち竦んだままだった。
 何の予兆もないまま喉が逸らされて、小さな身体が弓なりに跳ね上がるまでは。
「アメリカ!」
 呼ばれた側は不意に成す術もない場所から引き上げられて、さらに声の主から離れてしまう。がたがた震えはじめる自分を抱きしめて、けれど再び、ゆっくりと、ベッドに近づいていく。
 ここで逃げるようなことを自分は何もしていないのだという真実を確かめるために。
「アメリカ、あめりか、わたしの妹」
 一体彼女を突き動かしているのは何なのだろう。口角がひきつるように上がって、荒い息の合間合間にひとつずつ単語が吐き出され、うなされたまま彼女の指がシーツをまさぐる。
「あなたは、あなただけは、わたし、信じていた」
 やがて指はアメリカに辿り着き、万力のような力がアメリカの手首に込められる。
「だから、わたしを置いていくな――」
 はっとして掴まれた側の肩を動かすことで引き抜こうとしたが叶わずに、結局は青ざめてこわばった指を一本ずつ外していくことで束縛から逃れた。はじめはあまりにも固かったそれは、ある瞬間からまたもや唐突に力が抜け、一瞬で砂のように崩れてしまう。アメリカのほうが慌てて痛む手首を押えながらもその手を掬い上げたほどだった。そうしてようやく呼吸があるべきリズムを取り戻し、部屋は元の、怖いくらいの静けさを取り戻す。恐る恐る手をのばしてすっかり乱れてしまった毛布を彼女の身体を完全に覆うように整えてやっても何の反応も見られなかった。
作品名:Ladybird girl 作家名:しもてぃ