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Ladybird girl

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 説教される頻度が高いせいでつい忘れてしまうが、つまりイギリスの目的は結局、校則などには関係なくアメリカに嫌がらせをすることなのだろう。そういえば朝の持ち物検査だってアメリカを待ち受けていたと言わんばかりの態度だった。もはや「にやにや」していられるわけもなく、無視を決め込んでいるといつの間にかアメリカの脇あたりにぴったりとくっついた彼女が小さく鼻を鳴らした。
 もう片付けも終わらせているものらしく白衣は着ていない。二の腕と肘は夏服の半袖に覆われていないから、そのまま触れてくる。長いツインテールの先端がちくちくする。声が耳元で聞こえてくる。
「力任せにやればいいってもんじゃないから。明日くるアジアクラスのためにももっと丁寧にやりなさい。腕まくりは落ちそうだし、ブラシの使い方も、」
「ちゃんとやってるからちょっと黙ってくれない?」
 そのままイギリスを払いのけるつもりだった。すこし汗ばんであたたかい腕はそれこそ気持ち悪くて、だから吐き捨てるように言った。
 途端に、水流に混じって何かあからさまに異質な音がアメリカの耳に届いた。と同時に刺すような痛みが突き抜け、まだ小言を続けるつもりだったらしいイギリスがアメリカの腕を捉えた手に一瞬痛いほどの力を込める。そうして実験が終わってどこかゆるゆるしたざわめきに包まれた教室中の注目を集めるのに十二分に大きな怒鳴り声で、
「何してるんだ、お前っ!」
「ちょっとイギリス、いきなり何を、」
「ブラシも試験管も離せ!ったく、何ぼうっとしてるの?!」
 しかも痛みはすぐには引いてくれず、水流の冷たさに痺れた指にじくじくと纏わりついたままだったから、アメリカの自制心は忍耐といっしょにすっかり消えてしまっていた。だから命令には絶対従わないとひとり心に決め、どうやってこのひとの本音を暴いてやろうかを考えはじめた矢先に、イギリスの手がアメリカの手首あたりに降りた。そのまま握り締めてくるのを今度こそ振り払うべく条件反射で視線を落とし、一度は作ったかたくなな表情を捨てそうになってしまう程驚いた。
 水が硝子に当たってめちゃくちゃな反射を見せている。どうやら先程ブラシで力任せにつついたせいでどこかが割れてしまったらしい。時折窓辺から差し込む夕方の強い照射の効果が加わって状況を分かりにくくしているが、イギリスを無理にふり払ってそこから遠ざけても尚アメリカの左手――手のひらはぬらぬらとした液体に濡れていた。勿論血液そのものに怯えていたわけではない。試験管の残骸もブラシも手放してしまっていた。ただ、離れようとしない痛みと次から次へとわき出る血が白い光の差し込む午後の化学室ときらめく水や硝子とあまりにも遠くて、アメリカはしばらくの間そうして惚けていた。
 言うまでもなくその時間は、イギリスにはあまりにも好都合だった。再び手首を、先程とは比べ物にならない程強い力で締め付けられる。
「ちょっとイギリス、流石に痛いんだけど」
「痛いに決まってるだろ、怪我してるんだから。ほら、ごちゃごちゃ言ってないで保健室行く」
 声そのものは少し落ち着いたものの、すっかり顔を赤くして目尻を吊り上げているくせに口許はへの字に曲がったイギリスと集まったいくつもの視線を見比べてアメリカはため息をついた。ここで逆らっても痛みが消えるわけでなし、たぶんイギリスをさらに刺激するだけの結果に終わってしまうだろうから、ほかに選択肢は存在しないも同然だった。とはいうものの返事をするのはやはり癪だったから、ごく小さく頷くだけにとどめておいたのだが。



作品名:Ladybird girl 作家名:しもてぃ