神田襲撃事件 後編
そう言いながら、リナリーは僅かに足の間隔を広げた。
「りなり・・?」
「一種の媚薬的効果ってアレのことでいいのかしら」
リナリーの視線の先にはリーバーに抱きついている神田。
アレンとラビが同じスピードで、ゆっくりとコムイへ近づいていく。
ラビはその間ヒュンヒュンと鎚をまわしながら鎚の大きさを大きくしていく。
アレンは常につけている手袋を外しポケットにしまう。
ティエドールは下がりなさい、と周りを安全圏まで誘導する。
「みん・・なっ・・・・」
「「「イノセンス発動っ!!」」」
そういえば、あの時一人だけコムイに攻撃できなかったなと、ラビは前の分もより一層力を込めてコムイを鎚で叩きつけた。
アレンは左腕で、リナリーは黒い靴(ダークブーツ)で攻撃をする。
数分後、見事に包帯で全身を巻かれたコムイの姿を見ることが出来た。
「自業自得ですよ、室長」
とリーバーに吐き捨てられるように言われたコムイ。
心身ともに深いダメージを受けたに違いないだろう。
しばらくして落ち着いたあと、再び論議が始まった。
「とりあえず犯人はコムイって確定したさ。あとは、どうしてユウがリーバーを・・・」
ラビは自分でそう言いながら無性に悲しくなって続く言葉を発せなくなっていた。
アレンはラビの肩をポンポンと叩き元気を出すよう促す。
「一種の媚薬的効果ってヤツが何故リーバーさん対象かって事なんですよねー」
神田は自分のことについて論議が行われていることにすら気づきもせず、また気づこうともせずリーバーに抱きついて眠そうにしていた。
「マービン、その媚薬的効果の対象ってどうやって決まるか分かるー!?」
ジョニーは研究室の奥で書類を作成しているマービンに声をかけた。
「たいていそれを飲んだあとに一番最初に見た奴とかじゃねぇのか?」
それか薬を飲ませた本人か、と不明確ではあるが的を得ている回答が返ってきた。
ここでアレンが口を開く。
「ずっと、気に掛かってたんですけど・・・」
「?どうしたの、アレン君」
アレンは手を顎にかけ何かを考えながらゆっくりと話していく。
「あの備品室にあんな薬の予備があるとは思えないんですよね」
「いや、でも今回室長が班長に頼んだ青色の薬品はわりと実験に使うから予備もたくさん・・・はないかもしれないけど、ちゃんと存在するはずだよ」
2、3個ぐらいはね、とアレンの疑問にジョニーが素早く答える。
ここで科学班ならではの観点で検証が行われる。
「待て、ジョニー。その俺が室長に頼まれた薬品ってさ、空気に触れたら色が変化したりとかするのか・・・?」
「いや、確かずっと青色の液体ですよ」
なぁ、とタップと同じく科学班である友人に確認を得る。
リーバーは少し青ざめたように、
「確かアレン達が備品室にセイコンバント薬を探しに行ったとき、置かれているはずの場所にそれは無かったんだよな・・・?」
「俺がちゃんと確かめたさ」
すかさずラビが答える。
リーバーは空いた手で口を覆いぼそぼそと、
「・・・俺が間違えてそれ取ったかも・・・・」
「「ハァァァァッ!?」」
ラビ、アレンはあまりの驚きに声をあげ、リナリーはまさかといった様子でリーバーを見る。
いや決して故意ではなくて、とリーバーは慌てて続ける。
「さっき俺が食堂で薬品をこぼしたって言っただろ・・?あの時、その薬品は確かに青色だったんだが・・・」
「空気に触れたときに透明になったとか?」
コムイに書類を提出にきたマービンが独り言のように言う。
リーバーはかっくんと頷いた。
「でもその後ちゃんと拭き取ったんだ!そのこぼれた液体を!」
ジェリーだって一緒に拭いてくれたからと、自身のアリバイを示す。
「じゃあ、どうやってそれが神田に・・・?」
リナリーの疑問にラビは考えられる推測案を出した。
もう、これしか残されてなかった。
どうやって神田の体の中にセイコンバント薬が入り込んだのか。
至極単純明快、簡単な事だった。
「・・拭ききれてなかったんだろ。こぼれた薬品」
ラビに視線が集中する。
「コップかなんかにそれが付着してそれをユウが誤って飲んじゃったんさ、たぶん」
リーバーとユウ、食堂ですれ違ったんだろ、と。
アレンはふぅーと大きな溜息を吐いた。
「はい、これで一件落着ですね」
部屋の隅でミランダとクロウリーは小さく拍手をした。
後でジェリーに神田が食堂に来たかどうか尋ねたら、確かに来ていた事が分かった。
今回の神田の任務先は水が滅多に飲めない土地だったらしく、本部帰還後普通ならば直接司令室に行って任務報告をするのだが、彼にしては珍しく先に水を飲みに食堂へ行ったのだろうという事だった。
あの薬の媚薬的効果の対象はその薬を入れた人物となる。
つまり、今回でいうリーバーとなることが後のコムイの実験により判明した。
リーバーがこぼした薬品は完璧に拭き取れておらず、近くに置いてあったガラスのコップに付着しそこへ現れた神田がジェリーに水を頼んだところ、そのコップでジェリーが水を汲んでしまったようであった。
そのまま任務報告をしにいこうとした神田が、薬の副作用である急な発熱と息苦しさによってコムイのプライベート実験室近くの廊下で倒れたところをコムイが発見したという事であった。
「要するにコムイのせいじゃねぇか!!」
すっかりもとの姿に戻った神田が食堂でラビと食事をとりながらまだ怒りに体をわなわなと震わせている。
本人は気づいてないかもしれないが片手が六幻に触れている。
先程ラビから真実を聞き六幻を提げ司令室に行きコムイを刻んできたところである。
今回のことはラビもそうとう頭にきている様子で、
「コムイの変な薬品開発は断固反対さ・・」
とオムライスを口に持っていきながら呟いた。
あれから約一週間ほど神田はあの状態であった。
ずっとリーバーに抱きつきラビの恋人であった事をまるで忘れたかのような様子。
(その間リーバーはまともに仕事で出来ず、最近金にならない残業に毎日を追われている)
ラビはコムイを非情なまでに鎚でボコボコにしブックマンに叱られたほどである。
そうしてようやく完成したセイコンバント薬の抗体をすぐに神田に注入したのであった。
今回まだ救われた点は神田の飲んでしまったセイコンバント薬は未完成品であり、この一週間の記憶が無いことであった。
しかし、その間の記憶を知りたがった神田にラビは真実を教えようか教えまいか迷った末、ちゃんとつたえるべきだろうと判断し今に至るのである。
(ただし、一部真実は伏せてある)
「あんときのユウ、めっちゃ可愛かったけどリーバーにくっつくからほんと迷惑したさ!」
「知らねェよ」
神田は蕎麦をすすりながらラビに反論する。
その様子を遠目でみるアレンは隣を歩くリナリーに、
「やっぱり視界は狭まるばかりですよ」
と溜息ながらに言い、リナリーはアレンに苦笑いを返すしかなかった。