神田襲撃事件 後編
ラビはリナリーに言われたとおり、神田の身動きを取れなくしている自分の腕の力を緩めると彼女は小走りでリーバーに近づいていき、そのまま抱きついた。
ラビは自然とリーバーを睨み付けてしまう。
「ちょ・・どうしたらいいんですか、しつちょ~・・」
「とにかく、一度整理しよう」
コムイは室長らしくビシっと言い放った。
「ほんと大変なことになりましたね、ラビ」
「なんさー・・アレン」
ラビはいじけたようにグスっと鼻をすする。
今にも泣きそうな表情である。
「神田どうしちゃったんでしょうね」
「ユウは・・・」
「ええ、ラビの恋人なんですけどね」
とアレンは近くのソファに座る彼らの様子を見た。
リーバーの腕を掴んで離さない神田と困っている様子の彼。
ジョニーやタップはもうお手上げのようである。
「はーい、皆さん揃いましたかー!?」
コムイはそんな空気を吹き飛ばすかのように持ってきたホワイトボードをバンバンと叩く。
「今から神田くん襲撃事件の検証を行いたいと思います!司会は僕、コムイ・リー!助手は室長助手兼エクソシストである僕の妹、リナリー・リーにお願いしたいと思います!」
「兄さん・・・お祭りじゃないんだからね・・?」
リナリーは何故かテンションの上がっている兄、コムイを落ち着かせようとする。
そこへティエドール元帥が研究室へ入ってきた。
「これからユーくんをあんな姿にした犯人を検証するって聞いたんだけど・・」
「これからですよ、元帥」
と先程ゴーレムで呼び出されたマリが返事をする。
マリの横にはおどおどした様子のミランダ、その横にはクロウリーが席についている。
「まず神田くんが襲われたのは神田くんが任務を終えて、僕に報告するまでの僅かな時間です」
キュッキュッとホワイトボードに黒ペンで文字を書いていく。
「地下水道からから司令室までそんなに時間はかからないですよね」
アレンはコムイに確かめるように尋ねる。
うん、と返事をするコムイ。
「その間に神田くんの身に何があったのかなんだけど、誰か神田くんにあった人~?」
誰も手を上げない中、一人だけ手が上がった。
「あの・・・もしかしたら俺、会ってるかもしれないっす」
手を上げたのは、今も神田に抱きつかれているリーバーだった。
コムイは眼鏡をチカっと上げて、
「ハイ、犯人はリーバーくんの決定~」
と一人で拍手をしている。
でも、とリーバーは続ける。
「食堂からここへ向かうときにちらってすれ違っただけですよ!?」
と慌てて反論する。
全員の目がまたしてもコムイへ向けられた。
「いつ食堂行ったんさ、リーバー」
ラビはリーバーに問いかける。
「珍しく室長が仕事してた時に、重宝してるコーヒー豆が切れたっていうんでジェリーにコーヒー豆を貰いに行ってたんすよ。ついでに、室長がジェリーに渡すものを代わりに渡して、その帰りに神田と食堂の入り口あたりですれ違ったんですよ」
ほら室長の机の上にコーヒー豆置いてあるでしょ、とリーバーは机を指差す。
確かにコムイの机の端にコーヒー豆が入っていると思われる袋が置かれていた。
そこで、アレンは食事時にジェリーに言われたことを思い出す。
「それ、本当のことですよ!コムイさん」
と、アレンは告げる。
「さっきラビとリナリーと食事に行ってここへ向かうときにジェリーさんがあのコーヒー豆はコムイさん専用の豆じゃないからまた取りに来るようリーバーさんに伝えといて、って言ってましたし。あの洗剤また持ってきてねって言ってましたよ」
コムイは難しそうな顔をした。
リーバーは安心したようにほっと息をつく。
ここでティエドール元帥が口を開いた。
「リーバー班長はいつ科学班の備品室に?」
「えっと、ジェリーにコーヒー豆を貰いに行く前に一度・・・」
「ふむ・・・」
「あ、でもその後もう一回だけ行ってるんすよ」
とリーバーは神田に押さえつけられてない方の手で頭を掻いた。
「何で二回もあんな部屋に?」
とリナリーは不思議そうに尋ねる。
ミランダも首をかしげ、どこかすっきりしない様子であった。
「実は食堂に行ったときにカプセルを一個割っちゃいまして・・・」
「え、アレ割ったの!?」
「でも、有害物質じゃないから大丈夫なハズですよ」
とロブが発言する。
リーバーもさらに続ける。
「それで同じ薬品の予備が無いかなと思ってもう一回備品室に向かおうとしたんです。その時に会ったんすよ、神田と」
その取りに行った薬品と書類を持って司令室に行ったら神田があんな様子で・・・と。
事件の謎は深まるばかり。
神田には襲われた時の記憶はないし、今話せる状態でないことは確かだろう。
そこで、またティエドールがリーバーに問いかけた。
「そのこぼした薬品はどうしたのかな?」
「あ、ジェリーに手伝ってもらって拭きました」
「そういえば!」
リナリーが突然口を開いた。
「私がリーバー班長に神田の事を説明したときって・・」
「ああ、あん時に予備の薬品を取って帰ってきたところだ」
リナリーは少しすっきりしたような表情をした。
コムイは怪訝そうな顔を止めない。
その場にいる皆が眉間に皺を寄せどこか見落としている所はないかと頭を巡らせていると、ジョニーが徐に口を開いた。
「そういえば、その室長が作ったセイコンバント薬って動物実験とかしたんですか?」
「マウスを使って実験したような気がするような、しないような・・・」
コムイはうーん、と唸りながら必死に思い出そうとする。
なにせ自分が作った薬品の名前も覚えていなかった人だ。
そこへ思いもよらない人がみんなの集まる輪の中へ入ってきた。
「副作用は急で一時的な熱、結果としては一種の媚薬的効果じゃなかったですか?」
あと一時的な息苦しさをわずらって、しばらくしたらかわるんですよ。
性別がねと、口にタバコを咥えながら答える。
「マービン!」
ジョニー、タップ、ロブ、リーバーの科学班員が同時に叫んだ。
「って、マービン何で知ってんの?」
タップは不思議そうに尋ねる。
「いや、室長が動物実験してるの見てたからさ」
「作るの止めようよ、マービン!」
と、ジョニーが訴える。
ロブもリーバーも勢い強く頭を縦に振った。
「止めたところで作るのを止めませんよ、室長は」
ぷはーとタバコの煙を吐き、火を消して研究室の奥に戻っていく。
殺しても死なないのと一緒ですよ、とひらひら手を振る。
ラビはデジャブを見たような気がした。
リナリーはコムイを見た。
「兄さん、確か兄さんが神田の第一発見者よね・・・・?」
「・・・うん」
コムイは全身に冷や汗をかきながらおどろおどろ答える。
周りの視線は二人の会話に集中した。
「その時の神田の症状は・・?」
「発熱・・・で、息苦しそうだった」
「それは私も見たわ、兄さん」
「うん・・・・」
すごく息遣いが荒かったものとリナリーは言う。
アレンは立ち上がり左腕の袖を捲くる。
ラビも同じくその場に立ち上がり右足に常備しているホルダーから鎚を引き抜く。
「見事に性別がかわってるわね、兄さん」