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彼女の海で果てようか

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 イタリアにポンペイという場所がある。遥か昔に火山の噴火で一夜にして壊滅したその都市は、皮肉にも火山灰の堆積によって当時の様相をほぼ完璧に保ったまま現代(いま)に至っている。その悲劇性は今は置いておく。その街の壁画の美しさは錚々たるもので、「どうだすげえだろ」と俺の手を握ったまま得意気に笑った彼女の顔を、
 俺は今も忘れていない。

 原因はよく知らない。様々な要因が重なってしまった結果らしいが、一体何がどうなればここまで大きな被害が出るというのだ。
 自然は、今度は犬の絵どころか彼女達全部を飲み込んだ。
 イタリアだってそれなりに広い。あっという間のことではなかったらしいが、助ける時間がある程長くはかからなかった。俺が無理を言って混ざった救援部隊と一緒にイタリアに到着した時には、既にそこは一面火の海だった。仲間と共に呆然とそれを見つめていたその時、炎の向こうにちらりと揺れた彼女の後ろ姿。
「ロマーノ!!」
 俺はあらん限りの声で叫んだ。俺の声は届かなかったらしく彼女は微動だにしない。炎の壁ぎりぎりまで近寄り、吹き付ける熱風から腕で顔を庇いながら俺はもう一度叫んだ。
「ロマーノ!!」
 そこでようやく彼女は俺の方を向いた。長い髪を熱風に揺らめかせ、薄汚れた服と煤けた顔をこちらに向けた彼女の、表情までは分からなかった。彼女はあまりにも遠く、揺らめく熱気は彼女の姿を朧気にしていたからだ。そして、多分、彼女は口を動かした。ぱくぱくぱく、口が数音分動いた時、ごおっと吹いた風が炎を巻き上げ俺の視界を遮り、彼女の姿は見えなくなった。いつまでもそこを動こうとしなかった俺が引き摺られてそこを離れた後、大波が彼女の居た場所を炎ごと覆ってしまった。波は引かずに、後に認定されることだが、そこはそのまま海になった。これが2つ目の忘れられないこと。
 そして、これ以後イタリア姉妹の姿を見た者という者はいなくなった。
 本国への帰路に就いて、俺はふと場違いにも程があることを思い出した。ロマーノが着ていたのは、間違いない、先頃俺が彼女に贈った服だった。「お前のセンスはあてにならねえんだよ畜生が」と言われたけれど、その後にぽつりと落とされたお礼の言葉と包みを大事そうにぎゅっと抱える腕、そして僅かに赤い頬がそこにあるだけで俺は天にも昇る気持ちになれた。ロマーノがその服を着ているのを見たのは初めてだった。
 何故なら俺達は、まだ次のデートをしていなかったのだから。
 そこまで考えたら涙が止まらなくなった。俺は両手で顔を覆って俯いた。四方八方から体を叩かれるのを感じが、それには何も返さず、俺はただそのまま泣き続けた。
作品名:彼女の海で果てようか 作家名:あかり