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影に虫食むや〈1〉

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※臨也視点














日本人ってのは大概挨拶好きだ。
「平素は大変お世話になっております」「お久しぶりです」「お忙しいところ失礼致します」「この度は格別のご高配を賜り~」エトセトラ。外国に行けば「Hello」「Excuse me」その二言で事足りるだろうに、本当日本人ってのは面倒な挨拶ってものが大好きだよね。別にそれが彼らが築いてきた文化でもあるし、それが悪いとは言わない。俺だってそんな常識ぐらいは使い慣れてるから苦にもならないし。だって仮にも俺は社会に出てろく…おっと、三年くらい、なんだしさ。
でもそんな俺とタメであるあの男、…口にも心にも浮かべるのも憚れる程にすっごい気分は悪い、あの。馬鹿みたいに弟から貰ったバーテン服を飽きもせずに着続けている金髪グラサンの人相悪い、あいつさ。そう。あの男はきっとそんな挨拶もまともに出来ないんだろうねぇ。然るに人の名前を怒号のように叫ぶことが挨拶とでも思ってんじゃないの? ほんとインディアンかってーの。
ああ、なんで今こんなこと思ってるかって? そんな挨拶云々のうんちくはよそでやれよって? いや別に俺だって暇じゃないんだ。そんな日本の常識文化を憂える程別に愛国心があるわけでもない。ていうか俺は日本っていう小さな島国だけではなく人類全部を愛してるから。あ、嘘じゃないよ。この荒廃した世情の中俺が唯一信じる真実さ。
だけどそんな俺でも、たまにこんなどうでもいいことを考えたくなるって時もあるんだ。誰だってそう。目の前にある現実から目を背けるときってのは、例えば明日の夕飯は何にしようとかくだらないことを逆に考えてしまうものなんだよ。その現実が受け入れがたいものであるほど。


「帰ったんか臨也、おかえり」
「…………」


ある日、数日つきっきりだった粟楠会絡みの仕事をやっと終えて新宿にある事務所兼自宅へ帰ってみたら、シズちゃんが客用のソファに座って茶をしばきがてら俺に家族みたいな挨拶を向けてきたなんて、目を背けたい事実ってもんじゃない?










***





「……、シズ、ちゃん、かな?」
「? 他に誰だってんだよ」


この前仕事の謝礼のおまけとしてもらったティーカップ(時価云十万円もするんだけど持ってる本人はその価値すら知らないんだろうねぇ)を手元で遊ばせながらソファに腕を乗せてこちらに視線を向けるシズちゃんがそこにいる。その表情はいつも俺を見た途端阿修羅のように吊り上がる形相ではなく、まるで子供が親にどうしたの? と窺うような純朴ささえ垣間見せる、そんな穏やかな表情だった。俺にはかつて向けられたことはいっぺんもないそれだよきっと。断言してやろうじゃないの。
俺はすぐに玄関へ逃げられるようにまだ廊下の舳先にいる。だってそうだろう。これを何かの罠じゃないとしてなんとする。だってそこにいるのは見間違えようもない、あのパーテン服の金髪グラサン男だ。俺の天敵だ。そいつがなんで俺ん家のソファに座って勝手に茶飲んでるかはまあイラっとくるけど置いといて。俺に向かって「おかえり」なんぞ言ってきやがった。だけどそんなもので俺が油断すると思ってんの馬鹿じゃない? 俺は距離を置いて服の袖にナイフを忍ばせて再度その男に問いかける。


「愚問かもしれないけど、あえて聞いてやるよ。……何やってんのかなシズちゃんは。ここ何処だと思ってんの? ていうか、どうやって入って来たの。ドアは壊れてなかったけれど」


そう。ドアは壊されていなかった。この平和島静雄という男が俺の家に来るたびにドアを壊さなかった試しはない。そのたんびにひしゃげたドアは廃棄工場へ埋葬されて、そして更に頑強なドアがしつらえられる、それが俺の家のドアの日常だった。
だのにどうだ。ドアは普通に俺が持っている鍵で開いた。ということは、どこも異常はないということだ。ひしゃげてもいなかった。だから俺はいつも通りに何の心構えもなく自分の家の敷居を跨いで来たわけだが、なんだろう、安らげる自分の家へせっかく帰って来たのに強盗と出くわした、そんな気分を味わわせてくれている現在進行形でもってして。


「どうやって、って。ドア、開けてもらった」
「……誰に?」


ああ、今のは本当に愚問だ。だけどどうしたって聞かずには居られない。だって確かめなくちゃいけないだろう。


「髪の長いねーちゃんに」
「……そう」


今度会ったら減棒ものだと言ってやらなくちゃいけないね。だってあの女知ってるだろう。俺とシズちゃんがどんだけ、どんだけどんだけどんだけ! 仲が悪いってどころじゃない、水と油、もう相容れないっていう公式が当てはまっちゃってる存在同士だっていうこと。
多分断るのがめんどくさかったんだろう。だってあの平和島静雄だ。彼の意見と逆のことを言ってキレられたらたまんないよね。俺がいつもそうなんだけど。それもなんとなく想像できるけど、それ以上に俺のめんどくささが許容量を超えてしまっているのでイーブンにもなりはしない。だから今度こそ言ってやる。少しくらいは残業していけ、と。


(だって俺とシズちゃん二人っきりって、どんな空間だよここ…)


定時になってさっさと退勤切って帰ったんだろう。俺の家にシズちゃんだけ残してなんとも思わないのかあの女。クソ。まだ波江がいたなら…、いやいても同じなんだろうか。ていうかシズちゃんがここにいること自体が有り得ないんだから同じ、なのか? いやもうどっちでもいいや。とりあえず波江には後で言うよ。男らしく。


「臨也」
「へっ?」


おっと油断した。波江への雇い主としての威厳をどういう風に示してやろうかと考えていたらシズちゃんが突っ立ってた俺に向かってまた普通に名前を呼んできた。そして、何故かソファの背もたれをポンポンと叩いて、「ん」と顎を向ける。
え、なにあれ。もしかしてそこに座れっての。馬鹿なの。それじゃ俺が犬みたいじゃん、ていうかシズちゃんの隣とかおっかなくて座れるわけないじゃん! でもシズちゃんはじーっと俺を見つめていて、まるでどっちが犬だかわかりゃしない。なにつぶらな瞳で見つめてんの。キモ。ほんとなにこれ。なんの拷問?
ていうか、あれはほんとにシズちゃんなのか?


「……わかった。じゃこうしよう」
「ん?」
「君にいくつか質問する。それを素直に答えてくれ。その答えによっちゃ、その…、シズちゃんの隣に座るのもやぶさかじゃない…」
「? ほんとおまえまだるっこしいな。うぜぇ」
「うわ、やっぱりシズちゃんぽい」


ズズと茶を、(ていうかあれも家の葉っぱなんだろうね。シズちゃんがダージリンなんてギャグか何かかな。きっと砂糖とミルクもたっぷり使ったんだろうねぇこのお子様舌)啜りながら俺に悪態ついてくる。ただその悪態もいつもの突き刺さるような勢いではなく、静かだ。そりゃいつも物投げるついでとばかりにクソだのノミ蟲だの叫んでるから迫力あるんだろうけど。
作品名:影に虫食むや〈1〉 作家名:七枝